部長と私の秘め事
 と、小牧さんがカウンターから出てきて、戸惑った表情をしている彼の背中をバンッと叩いた。

「失敗したとしても、私たちが慰労会を開いてあげるから、大丈夫! 尊くんは一人じゃないんだから!」

 そう言って、小牧さんはクピーッとビールを呷る。

「小牧、火を使ってるならちゃんと見てなさい」

「はぁい」

 私は母に叱られてカウンターに戻る彼女を見て、クスッと笑いながら尊さんに言った。

「ね、みんな味方してくれます。大丈夫。私も一緒に行きますから」

 そう言うと、尊さんは苦笑いして「ん」と頷いた。

「そもそも、さゆり伯母さんを同じお墓に入れてくれた時点で、お祖母ちゃんの怒りは解けていると思うのよね。はーい、止肴のお肉よ~!」

 そう言って小牧さんと菊花さんが、薔薇色の断面を見せたお肉を各テーブルに運ぶ。

「……速水家のお墓、青山霊園なんですか?」

 尊さんからお母さんのお墓は青山霊園にあると聞いていたけれど、速水家のお墓もそこにあるとは思わなかった。

 本家は名古屋にあると言っていたので、てっきりそっちにあるかと思い込んでいたのだ。

「名古屋のほうは曾祖母の世代までだな。なんだかんだで東京にいるほうが仕事がしやすいし、両親も東京に骨を埋めるつもりでいるんだろう。……まさか、買った墓に入る一人目がさゆりになるとは思っていなかっただろうが」

 裕真さんが言い、寂しそうに笑う。

「東雲家のお墓も同じ霊園だから、楽なのよねー!」

 小牧さんはカウンターの中でモシャモシャとお肉を食べつつ明るく言う。

「お肉……、美味しそう……」

 私は高級そうなお肉を拝んだあと、心して食べ始める。……おいちい。

 聞く話によると、篠宮家のお墓も同じ霊園らしく、うーんとなる。

 でも倍率の高い抽選でやっと買える高級墓地らしいので、彼らみたいな家の人は大体そこなのかもしれない。

「尊くん」

 ちえりさんに呼ばれ、彼は「はい」と彼女を見る。

「これだけは伝えておきたかったのだけれど、あなたの名前は『何よりも尊い宝物』『色んな人に尊ばれる人になってほしい』という姉の想いが込められているわ」

 自分の名前の由来を聞かされ、尊さんは瞠目する。

「あかりちゃんは『人の道を照らす灯りとなるように』『その場にいるだけで皆が明るい気持ちになるような子』という意味」

 名前に託された母の想いを聞いた尊さんは、目を潤ませ――、立ちあがった。

「……すみません、ちょっと手洗いに」

 そう言って店の奥に消えていった彼を、みんな温かな目で見守っていた。

「朱里ちゃんも〝あかり〟よね。凄い偶然」

 弥生さんに言われ、私は微笑む。

「私は十二月一日生まれなのですが、両親が結婚記念日の旅行で母の実家である京都に行った時、紅葉の美しさに感激したらしいんです。それで〝朱里〟にしようって。秋はすぐに葉が落ちてしまうイメージもありますけど、再び葉をつけて四季を巡る。……そういう、葉を落としてもまた枝葉を茂らせる……みたいな意味を持たせたかったみたいです。でも、音としての〝あかり〟のほうでは、……あかりさんみたいに道を照らすイメージ、明るい子という意味もあるみたいです」

 自分の名前の由来を話すって、ちょっと恥ずかしいけれど、母から教えてもらった事を伝える。

「……運命ねぇ……。……って、十二月一日って……」

 ちえりさんが私を見て、なんとも言えない顔をする。

 それに私は微笑んだ。

「だから余計に尊さんは運命を感じてくれたみたいです。『生まれ変わりみたいだ』って」

「……妹に重ねられてるの?」

 弥生さんが少し心配そうに尋ねてきたけれど、私は緩く首を横に振った。

「初めはそうだったと聞きましたが、今はちゃんと一人の女性として見てもらえています」

「……そう、なら良かった」

 私は頷いた彼女に微笑み返したあと、尊さんが心配になったので様子を見に行く事にした。

「ちょっと……、あの」

 指でつんつんとお手洗いのほうを示すと、みんな微笑んで頷いてくれた。

 お店の奥には左右に木製の引き戸があり、右手は女性、左手は男性のお手洗いがある。

 男性のほうをトントンとノックすると、カラ……と戸が開いた。

 中は割と広くて、綺麗な洗面台の奥に個室がある。

 尊さんは壁にもたれかかって、ぼんやりとしていた。

「入っちゃいますよ。男子トイレに痴女が入りますよ」

 そう言って中に入ると、尊さんは「ぶふっ」と笑う。
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