部長と私の秘め事
「お陰様でちょっとソワソワしてるよ。こんな強引な手段、考えた事もなかったから」
尊さんの答えを聞き、小牧さんと弥生さんはハイタッチする。
「「いぇーい」」
「『いぇーい』じゃねぇよ。盛大に滑ったらどうしてくれるんだ」
彼は呆れて言うけれど、二人はニコニコ顔だ。
「たとえお祖母ちゃんが激怒したとしても、私たちは絶対に味方するから大丈夫。お祖母ちゃん、私たちには甘いから出禁にはならないと思うし、いけるいける」
……随分軽く言うけれど、多分それだけの自信はあるんだろう。
その時、飲み物が運ばれてきて乾杯をした。
「……お祖母様は優しい方ですか?」
尋ねると、小牧さんは「ぷはー」と美味しそうにシャンパンを嚥下してから、皮肉げな笑みを浮かべた。
「百合はツンデレね。複雑な女よ」
百合さんって言うんだ……。
「あ。……もしかして、さゆりさんって名前、百合の……」
〝ゆり〟が重なっているので思わず言うと、尊さんが頷いた。
「多分、そうみたいだ。長女だったし思い入れが強かったんだろう。ちえり叔母さんは名前の音が少し似てる感じだな」
今さらながら、さゆりさんが如何に愛されていたかを知って、複雑な気持ちになる。
小牧さんはシャンパンを一口飲んで言う。
「んまー、さゆり伯母さんとうちの母に関しては知っての通りで、私も相当ピアノの期待を寄せられたんだけど、料理の道に進んでしまったから、ガッカリはさせたわね。でもさゆり伯母さんの事で痛い目を見たからか、お祖母ちゃんは私にピアノを強制しなかったし、料理の道に進んだからといって冷たくされた事もなかった」
彼女の言葉を聞き、私はホッと安心する。
その時、アミューズが運ばれてきて、可愛い料理に女性陣が沸く。
茶色い玉子の殻を綺麗にくりぬいた中に、トロトロのスクランブルエッグを入れ、トリュフをのせたブイヤードだ。
三人とも無言で写真をと撮り、「いただきます」を言ったあと、小さなスプーンで食べ始めた。
小牧さんは一口食べて「おいし」と微笑んだあと、話を続ける。
「お祖母ちゃんは強い女だから、母や私たちの前で泣き言を言わないわ。お祖父ちゃんと二人きりの時は分からないけれど、私たちの前でさゆり伯母さんについて話した事はなかった。でも気にしていないように見せているだけで、相当落ち込んで反省はしてると思う。お祖母ちゃんの為人が昔と変わっていなかったなら、多分私たちの進路についても強く口だししたと思う。お金を持つ家だからこそ、子育てに祖父母が口出ししてくる例は沢山あるから。……でもお祖母ちゃんはそうしなかった」
「それなら良かった。もう母のような事は繰り返されてはいけない」
尊さんはアミューズを食べ終えてから言い、気持ちを落ち着かせるようにスパークリングワインを飲んだ。
「だから私たちが料理をしようがピアノをしようが、お祖母ちゃんの態度はそれほど変わらない。まぁ、弥生がピアノを弾いていると、とても嬉しそうにしてるけど。でも技法については口出しはしないし、完全に一線を引いているわね」
小牧さんが弥生さんに同意を求めると、彼女は頷く。
「さゆり伯母さんの事件が起こったのは、私たちが子供の頃の事だからね。小学生高学年から中学生頃まで、親戚みんなが重苦しい雰囲気になっていたのは覚えているけど、あれから二十二年経ったし、最近のお祖母ちゃんは穏やかな人っていうイメージが強いかな」
彼女はズワイガニや色んな具がのったタルトを写真に撮り、うんうんと頷く。
「確かに尊くんが現れたら、色んな意味でショックを受けると思う。今まで目を逸らしていた、娘の忘れ形見が現れるわけだから。それに尊くんも、お祖母ちゃんは『厳しい人』っていうイメージを持っていると思う。自分のお母さんを勘当して、そのまま関わりを断った人だしね」
尊さんは弥生さんに言われた言葉を否定せず、前菜を食べつつ小さく頷いた。
「でも二十二年もの時間が経つと人は変わるよ。今でも娘を亡くした痛みは忘れられないだろうし、後悔ばかりだと思う。後悔しているからこそ、尊くんに会っていきなり怒り出す事はないと思ってる」
弥生さんが言ったあと、小牧さんが少し寂しそうに微笑んだ。
「お祖母ちゃん、もう八十一歳だからね。六十歳手前の時とは気力も何もかも違うの」
そう言われて、尊さんは頷いた。
「確かにそうだな。子供の頃はどうして会ってくれないのか、連絡してくれないのか不思議だった。交流していて急に態度を変えたなら悲しくかったかもしれないが、最初から速水家は俺たちにノータッチだった。寂しさはあったけど『そういうもんなんだ』と思ったし、母が『お祖母ちゃんを怒らせてしまったの』と言った時は、『じゃあ俺も会わなくていい』と思ってた。……でも今は朱里と家族を作るにあたって、なるべくみんな仲良く過ごしたいと思ってる。親戚がいるいないの問題って、俺たち世代だけの問題じゃないから」
彼が子供の事を考えてくれていると知り、私は嬉しさと照れくささでジワ……と赤面する。
尊さんの答えを聞き、小牧さんと弥生さんはハイタッチする。
「「いぇーい」」
「『いぇーい』じゃねぇよ。盛大に滑ったらどうしてくれるんだ」
彼は呆れて言うけれど、二人はニコニコ顔だ。
「たとえお祖母ちゃんが激怒したとしても、私たちは絶対に味方するから大丈夫。お祖母ちゃん、私たちには甘いから出禁にはならないと思うし、いけるいける」
……随分軽く言うけれど、多分それだけの自信はあるんだろう。
その時、飲み物が運ばれてきて乾杯をした。
「……お祖母様は優しい方ですか?」
尋ねると、小牧さんは「ぷはー」と美味しそうにシャンパンを嚥下してから、皮肉げな笑みを浮かべた。
「百合はツンデレね。複雑な女よ」
百合さんって言うんだ……。
「あ。……もしかして、さゆりさんって名前、百合の……」
〝ゆり〟が重なっているので思わず言うと、尊さんが頷いた。
「多分、そうみたいだ。長女だったし思い入れが強かったんだろう。ちえり叔母さんは名前の音が少し似てる感じだな」
今さらながら、さゆりさんが如何に愛されていたかを知って、複雑な気持ちになる。
小牧さんはシャンパンを一口飲んで言う。
「んまー、さゆり伯母さんとうちの母に関しては知っての通りで、私も相当ピアノの期待を寄せられたんだけど、料理の道に進んでしまったから、ガッカリはさせたわね。でもさゆり伯母さんの事で痛い目を見たからか、お祖母ちゃんは私にピアノを強制しなかったし、料理の道に進んだからといって冷たくされた事もなかった」
彼女の言葉を聞き、私はホッと安心する。
その時、アミューズが運ばれてきて、可愛い料理に女性陣が沸く。
茶色い玉子の殻を綺麗にくりぬいた中に、トロトロのスクランブルエッグを入れ、トリュフをのせたブイヤードだ。
三人とも無言で写真をと撮り、「いただきます」を言ったあと、小さなスプーンで食べ始めた。
小牧さんは一口食べて「おいし」と微笑んだあと、話を続ける。
「お祖母ちゃんは強い女だから、母や私たちの前で泣き言を言わないわ。お祖父ちゃんと二人きりの時は分からないけれど、私たちの前でさゆり伯母さんについて話した事はなかった。でも気にしていないように見せているだけで、相当落ち込んで反省はしてると思う。お祖母ちゃんの為人が昔と変わっていなかったなら、多分私たちの進路についても強く口だししたと思う。お金を持つ家だからこそ、子育てに祖父母が口出ししてくる例は沢山あるから。……でもお祖母ちゃんはそうしなかった」
「それなら良かった。もう母のような事は繰り返されてはいけない」
尊さんはアミューズを食べ終えてから言い、気持ちを落ち着かせるようにスパークリングワインを飲んだ。
「だから私たちが料理をしようがピアノをしようが、お祖母ちゃんの態度はそれほど変わらない。まぁ、弥生がピアノを弾いていると、とても嬉しそうにしてるけど。でも技法については口出しはしないし、完全に一線を引いているわね」
小牧さんが弥生さんに同意を求めると、彼女は頷く。
「さゆり伯母さんの事件が起こったのは、私たちが子供の頃の事だからね。小学生高学年から中学生頃まで、親戚みんなが重苦しい雰囲気になっていたのは覚えているけど、あれから二十二年経ったし、最近のお祖母ちゃんは穏やかな人っていうイメージが強いかな」
彼女はズワイガニや色んな具がのったタルトを写真に撮り、うんうんと頷く。
「確かに尊くんが現れたら、色んな意味でショックを受けると思う。今まで目を逸らしていた、娘の忘れ形見が現れるわけだから。それに尊くんも、お祖母ちゃんは『厳しい人』っていうイメージを持っていると思う。自分のお母さんを勘当して、そのまま関わりを断った人だしね」
尊さんは弥生さんに言われた言葉を否定せず、前菜を食べつつ小さく頷いた。
「でも二十二年もの時間が経つと人は変わるよ。今でも娘を亡くした痛みは忘れられないだろうし、後悔ばかりだと思う。後悔しているからこそ、尊くんに会っていきなり怒り出す事はないと思ってる」
弥生さんが言ったあと、小牧さんが少し寂しそうに微笑んだ。
「お祖母ちゃん、もう八十一歳だからね。六十歳手前の時とは気力も何もかも違うの」
そう言われて、尊さんは頷いた。
「確かにそうだな。子供の頃はどうして会ってくれないのか、連絡してくれないのか不思議だった。交流していて急に態度を変えたなら悲しくかったかもしれないが、最初から速水家は俺たちにノータッチだった。寂しさはあったけど『そういうもんなんだ』と思ったし、母が『お祖母ちゃんを怒らせてしまったの』と言った時は、『じゃあ俺も会わなくていい』と思ってた。……でも今は朱里と家族を作るにあたって、なるべくみんな仲良く過ごしたいと思ってる。親戚がいるいないの問題って、俺たち世代だけの問題じゃないから」
彼が子供の事を考えてくれていると知り、私は嬉しさと照れくささでジワ……と赤面する。