部長と私の秘め事
 これはお会計をしてくるつもりだと思った私は、ハッとしてバッグに手を伸ばし、腰を浮かせる。

 先日の女子会で大いにご馳走してもらったので、自分で支払える金額なら払わないと駄目だ。

 そう思って彼女を追いかけようとしたけれど、エミリさんに「まあまあ」と止められてしまった。

「春日さん、嬉しいのよ」

 言われて目を瞬かせると、エミリさんは微笑んで脚を組む。

「彼女、ああいう性格でしょう? お嬢様たちと付き合う時は物腰柔らかに周囲と合わせるけれど、本当はタカ派と言っていい。そんな自分の素を曝け出したら、彼女を知る〝周りの人〟は『思っていたのと違った』と引いてしまう」

 エミリさんはエスプレッソを飲み、私を見て小さく笑う。

「だから本当の自分を知る『友達がいない』と言っていたし、私たちとこういうふうに素で話せる事が嬉しいの。私は先日の女子会以降、彼女と連絡をとったり、野暮用ついでにお茶をしていたけど、心の底から嬉しそうに『また集まりたい』って言っていたわ。彼女は私たちの存在に感謝していて、何ものにも代えがたいと思っている。勿論『友達になりたいなら金銭的な貸しを作らないほうがいい』とは言ったけれど、『私は不器用だから、お金や物を出すしか愛情表現ができない』と言っていた。……本人がそれでいいなら、好意に甘えるのも付き合い方の一つかなと思って」

 そう言ったあと、エミリさんはクスッと笑って付け加えた。

「勿論、奢られっぱなしは申し訳ないから、たまに私たちでサプライズのプレゼントをしましょう? そういう形でなら受け取らざるを得ないだろうから」

「……分かりました」

 頷くと、恵もバッグに伸ばしかけていた手を引っ込めた。





「ごちそうさまでした!」

 レストランを出てお礼を言うと、春日さんは嬉しそうに「なんのなんの」と笑っている。

 そのまま四人でショッピングをしようと、表参道駅に向かって歩き、表参道ヒルズに入ろうとした時――、男性二人組に声を掛けられた。

「すみません、この辺りでオススメのカフェを知りませんか?」

 声を掛けてきたのはこなれた雰囲気の若い男性で、お洒落な印象のある彼らなら、人に聞かなくてもカフェを知ってそうな印象があった。

 春日さんはスッと笑みを消し、私たちを見て「なんだこいつら」というように首を竦める。

「さぁ……。スマホで検索してみたらどうですか?」

「お姉さんたちなら、センスがいいから素敵な店を知っていると思ったんです」

 一人が言ったあと、もう一人が私を見て笑いかけてきた。

「お姉さん、お洒落ですね。モデルかと思いました」

「えっ、いやぁ……」

 戸惑って何か言おうとした時、恵が私の腕を組んでグッと引いてきた。

 彼女のほうを見ると、恐い顔をして首を左右に振り、囁いてきた。

「単なるナンパだから相手にする必要なし」

 あ、これ、ナンパだったのか。

「私たち、急いでるので別の人に聞いてください」

 エミリさんが言って私たちはまた歩き始めたけれど、二人はしつこく絡んでくる。

「これから一緒にアートでも見に行きませんか?」

 彼らはなんやかんや言いながら、何十メートルもついてきている。

(しつこいな……)

 出がけに尊さんに『ナンパされるなよ』と言われ、「そんなにナンパされる事ってないよなぁ」と思っていたけれど、されてしまうと鬱陶しいものだ。

 困って溜め息をついた時、背の高い男性が歩み寄ってきた。

「上村さん、何をやってるんですか?」

「へっ?」

 顔を上げると、グレーのジャケットとワイドパンツに、黒のTシャツを着た神くんが立っている。

 黒のハットも被っていて、服装はシンプルなのにめちゃくちゃお洒落だ。

 彼はニコッと私たちに微笑みかけたあと、私の肩を抱いてから男性たちに言う。

「すみませんけど、これから約束があるんです。夜に一人三万するコース料理代を出せるなら、参加してもいいですけど」

 神くんの牽制を聞き、顔を引きつらせた彼らは「あ……、いやぁ、ちょっと……」とごまかし笑いをして立ち去って行った。

「上村さん、すみません」

 彼らが退散したあと、神くんはパッと手を放し、私たちを見てニコッと笑った。

「こんなに綺麗どころがそろっていたら、そりゃナンパされますね。気をつけてくださいよ」

「神くんはなんでここにいるの?」

「僕はちょっとアートギャラリー巡りに。定期的に巡って、いい絵があったら買ってるんです」

 そう言って、神くんは恵を見て「中村さん、ども」と手を上げた。

 私はハッとしてエミリさんと春日さんに彼を紹介しようと思い、二人の方を見る。

 ――と、春日さんが顔を真っ赤にして両手で口元を覆っているのに気づいた。
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