部長と私の秘め事
「……だな。あんまりこういう所で遊ぶタイプじゃなかったから、いい経験になったわ」

 言われて、彼が友達とランドどころじゃなかったのを思い出し、私はポンポンと彼の背中を叩く。

「悪い、変な空気にした」

「いえいえ、いいんですよ。いま楽しいならそれが一番」

 ニコッと笑うと、尊さんは安心したように微笑み、私の手をそっと握ってくる。

 一日遊んだなかで恵と涼さんもかなり距離が詰まったみたいで、入園前の雰囲気はもうない。

 日没前でまだ明るいなか、私たちは寄り添ってパレードを待つ。

 今日一日、なんのアトラクションが楽しかったかを話している傍ら、私は恵と涼さんの会話にも耳を澄ましていた。

「恵ちゃんは食べ物、何が好きなの?」

 いつの間にか、涼さんは恵の事をちゃん付けで呼ぶようになっていた。

 最初、「距離感が近いな」と鬱陶しがっていた恵だけれど、一日一緒に過ごすなかで涼さんへの印象を改めたからか、そう呼ばれる事を許している。

「え、フツーです。ラーメンとか焼き肉とか」

「肉の部では?」

「えー? ……って言っても牛肉ってあまり頻繁には食べないから、鶏か豚かになりますけど、だったら鶏かな」

「じゃあ、魚の部」

「一人暮らししてると、あんまり魚食べないんですよねー。……あ、回転寿司ならえんがわが好きです。あとは帆立、カニ、海老とか。……あんまり魚って答えじゃないですね」

「野菜の部は?」

「うーん……。野菜はそんなに好き嫌いないかな。これといって大好きな物はないし、大嫌いな物もないです。出されたら大体食べます」

「麺は、ラーメンが好き?」

「……朱里が無類の麺好きなので、付き合ってあちこち食べてると、なんでも平等に好きになってきましたね。まぁ、ラーメン、パスタのほうが蕎麦、うどんより強い気はしますけど。でも蕎麦、うどんって本当に美味しい所に行ったら価値観変わりそう」

「トリュフやフォアグラ、キャヴィアは?」

「そんなに興味ないです。馴染み深くないですし、たまーになんかの記念日にフレンチを食べる事はありますけど、一皿にちょっとしか盛られてないですし、高級食材もどの辺に敬意を払っていいのやら……」

 二人がずっと食べ物の話をしているので、私はピクピクと聞き耳を立てている。

「じゃあ、今度二人で真のうまいもんを見つけにいかない?」

「なんですか、その『真実の愛を見つけにいこう』の亜流みたいなやつ」

 恵の容赦ない突っ込みを聞いて、私は「ぶふっ」と噴き出す。

「何か食べたい物はある?」

「パレードが終わったらご飯行くので、先の事は特に考えないようにしています」

 うーん! やっぱり塩対応だ。

「ホーチミンで食べるフォーは興味ある?」

 いきなり海外の話を出され、恵はピクッと反応して黙った。

「…………あ、ある……、けど…………」

 恵がデレた!

 私の心の中で、小さな朱里が野山を駆けまわる。

「じゃあ、今度パッと行ってみない? なんなら、こっちの二人も誘っていいけど」

 涼さんが私たちを指さしたので、私はそのタイミングで彼らを見てニパッと笑う。

「…………朱里はフォーにつられた顔をしてるな……」

 恵に冷静に分析され、私は「えへへ……」と照れ笑いする。

「照れるとこじゃないでしょ」

 彼女は私に突っ込んだあと何か言おうとしたけれど、パレードの先頭がやって来たのを見て口を噤んだ。

 楽しげな音楽が流れるなか、ピカピカ光るフロートが見え、私は必死に背筋を伸ばして遠くを見ようとする。

「逃げねぇから落ち着け」

「うん、そうですね」

 私は座ったままリズムに乗って体を左右に揺らし、生返事をする。

「あーあ、聞いちゃいねぇな」

 尊さんは愉快そうに笑ったあと、私にスマホを向けてカシャッと横顔を撮る。

「あ、撮影料とりますよ」

「どうぞどうぞ」

 彼はかるーく言ったあと、パレードのほうを見て優しく目を細める。

 私はパレードに夢中になるふりをして、少し感傷的になった。

 母子三人で暮らしていた時、もしかしたらあかりちゃんはランドに行きたいと言ったかもしれない。

 その気になれば亘さんのお金を頼って行けたはずなのに、さゆりさんはつましく暮らす選択をし、あまり贅沢ができない子供時代を送っていたかもしれない。

 尊さんとあかりちゃんの〝子供の頃の夢〟が、今ここにある。

 彼女が生きていたら、笑って「楽しいね、お兄ちゃん」と言っていたかもしれない。

 このパレードだって、今日のデートだって一緒にいた可能性がある。

 そう思うと、フロートについている電飾が涙で滲んでしまう。

 ――絶対、絶対、幸せにするんだ。

 ――「朱里と結婚して良かった」って思わせてみせる。

 ――さゆりさんとあかりちゃんに安心してもらって、篠宮家、速水家ともに尊さんを託してもらえる妻になろう。

 私は目にゴミが入ったふりをしてそっと涙を拭い、笑顔で尊さんを見てから、また音楽に合わせて体を揺らした。



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