部長と私の秘め事
「一方的な深くて強い愛って、怖いよ。恵ちゃんが警戒するのは仕方ない」
私は苦笑いしてもう一度頷き、キッチン台の上に頬杖をつく。
「……でも、結果的に私は負けました。篠宮さんはストーカーっぽいけど、朱里を害さなかった。ただ遠くから囲うように見守って、就職の時は手を回したけど、そのあとは好きになってもらうよう、自分で努力していたと思います。……その間、私は親友として朱里の側に居続けるしかできず、彼女が田村と別れて傷付いた時も、内心で喜んでいたぐらいでした」
罪悪感を込めて笑ったけれど、涼さんは否定しなかった。
「尊からも聞いたけど、その田村くんっていう子は、朱里ちゃんにとっていい彼氏じゃなかったんだろ? だから恵ちゃんも不満を抱いていた。恋人の親友に『別れて良かった』って思われる奴は、大体ハズレだよ」
「……そう言ってもらえると、少し楽になります」
「慰めてるんじゃなくて事実。俺は相手が恵ちゃんでも、間違えていると思ったら忌憚なく意見を言うよ」
「はい」
だろうな、とは思ったけど、やっぱり涼さんのそういう所が好きだ。
「篠宮さんは救いを求めるように朱里を愛していたけれど、その祈りにも似た愛し方を見て、『私はこうはできないな』って負けを感じたんです。朱里に十年以上片想いし続けるなんて、無理だと思います。……私は朱里と毎日のように会っていたから、ずっと彼女を好きでいられた。……私と篠宮さんは環境も何もかも違うから、比べるのは間違えている。でも私より条件が悪いなか、朱里を一途に想い続けた彼には『敵わないな』って思いました」
「勝ち負けじゃなくてもいいんじゃない? 恵ちゃんは恵ちゃんのやり方で朱里ちゃんを想い、守っていた。そんなに自分を否定しなくていいんだよ」
涼さんはやっぱり否定しない。
「……涼さんと一緒にいると自分の角がとれて、丸くなっていく気がします。今まで、あらゆる事に『負けないように』立ちむかって、悔しい事があっても歯を食いしばって頑張ってきました。……なのに涼さんはその苦しみを『いいんじゃない?』って肯定しちゃうんです。……なんか、気が抜けちゃう……」
すると彼は柔らかく笑い、手を伸ばして私の頭を撫でてきた。
「今まで一人でよく頑張ってきたね」
そう言われ、よしよしと優しく頭を撫でられて、また涙ぐんでしまう。
「……やめてください。……ホント、涼さんと一緒にいると、すぐ泣いちゃう。……私、こんな弱い女じゃないんです。……すみません、すぐ泣き止…………」
その後も何か言おうとしたけれど、立ちあがった涼さんに抱き締められて言葉が止まる。
「もういいんだよ」
背中に温かい掌が当たり、ゆっくりと円を描いてから、トン、トンと叩いてくる。
「それって俺に気を許してくれている証拠だよね? ありがとう。家族の前でも、朱里ちゃんの前でも頑張って気を張ってきたなら、俺の前でだけ弱いところも格好悪いところも、全部曝け出してよ」
「っっ…………」
私は無言で唇を引き結び、ぎゅう……と彼を抱き締める。
「……でも、涼さんに一方的に寄りかかったら……、負担になります」
すると彼はクスッと笑って言った。
「負担なんて思わないよ。他の女性と比べて悪いけど、物凄く嫉妬深い女性と比べたら、恵ちゃんなんて可愛いもんっていうか、まったく重さがないよ。綿飴」
「ぶふっ」
いきなり「綿飴」と言われ、私は噴き出す。
「俺、一人暮らしをしていて『寂しい』って思った事はないけど、これからこの家で恵ちゃんと一緒に暮らせていけるなら、毎日の生活がもっと楽しくなるな。……一人でも大丈夫だったけど、君が隣にいてくれると思うと、欠けていたつもりはないのに、欠片がピタッと嵌まった気持ちになるんだ」
涼さんの言葉を聞き、私はズッと洟を啜る。
「俺は君を心底求めているよ。俺には君が必要だ」
温かい声を耳にし、眦から涙が零れていく。
「『具体的にどこが?』って言われたら難しいけど……。こう、しっくりくるんだよね。俺はベタベタしてくる女性は苦手だけど、恵ちゃんは自立してる。むしろ君を見ていると甘えさせたくなるんだ。恵ちゃんを知れば知るほど『奥ゆかしいな』って思って、自分に寄りかからせて甘えさせて、君の欲望を引き出したくなる」
「うう……」
私は恐ろしいものでも見る目で涼さんを見る。
「さっき、『贅沢に慣れたら我が儘になるかも』みたいな事を言っていたけど、これまでの感覚から、君がそうならない事は分かっているんだよね。恵ちゃんが我が儘を言っても、俺から見れば本当に可愛いもんだと思うよ。君はとても常識人だから、人に迷惑を掛けるのを嫌がる。培われた常識は、贅沢に慣れたとしても、そうそうブレるとは思えないんだ」
「……なんだか過大評価されているみたいで恐縮です。でも私、意外と俗物だから、涼さんの愛情に寄りかかって、とんでもない我が儘を言うかもしれませんよ?」
ハードルを高くしないために言ったけれど、涼さんはサラリと一蹴する。
私は苦笑いしてもう一度頷き、キッチン台の上に頬杖をつく。
「……でも、結果的に私は負けました。篠宮さんはストーカーっぽいけど、朱里を害さなかった。ただ遠くから囲うように見守って、就職の時は手を回したけど、そのあとは好きになってもらうよう、自分で努力していたと思います。……その間、私は親友として朱里の側に居続けるしかできず、彼女が田村と別れて傷付いた時も、内心で喜んでいたぐらいでした」
罪悪感を込めて笑ったけれど、涼さんは否定しなかった。
「尊からも聞いたけど、その田村くんっていう子は、朱里ちゃんにとっていい彼氏じゃなかったんだろ? だから恵ちゃんも不満を抱いていた。恋人の親友に『別れて良かった』って思われる奴は、大体ハズレだよ」
「……そう言ってもらえると、少し楽になります」
「慰めてるんじゃなくて事実。俺は相手が恵ちゃんでも、間違えていると思ったら忌憚なく意見を言うよ」
「はい」
だろうな、とは思ったけど、やっぱり涼さんのそういう所が好きだ。
「篠宮さんは救いを求めるように朱里を愛していたけれど、その祈りにも似た愛し方を見て、『私はこうはできないな』って負けを感じたんです。朱里に十年以上片想いし続けるなんて、無理だと思います。……私は朱里と毎日のように会っていたから、ずっと彼女を好きでいられた。……私と篠宮さんは環境も何もかも違うから、比べるのは間違えている。でも私より条件が悪いなか、朱里を一途に想い続けた彼には『敵わないな』って思いました」
「勝ち負けじゃなくてもいいんじゃない? 恵ちゃんは恵ちゃんのやり方で朱里ちゃんを想い、守っていた。そんなに自分を否定しなくていいんだよ」
涼さんはやっぱり否定しない。
「……涼さんと一緒にいると自分の角がとれて、丸くなっていく気がします。今まで、あらゆる事に『負けないように』立ちむかって、悔しい事があっても歯を食いしばって頑張ってきました。……なのに涼さんはその苦しみを『いいんじゃない?』って肯定しちゃうんです。……なんか、気が抜けちゃう……」
すると彼は柔らかく笑い、手を伸ばして私の頭を撫でてきた。
「今まで一人でよく頑張ってきたね」
そう言われ、よしよしと優しく頭を撫でられて、また涙ぐんでしまう。
「……やめてください。……ホント、涼さんと一緒にいると、すぐ泣いちゃう。……私、こんな弱い女じゃないんです。……すみません、すぐ泣き止…………」
その後も何か言おうとしたけれど、立ちあがった涼さんに抱き締められて言葉が止まる。
「もういいんだよ」
背中に温かい掌が当たり、ゆっくりと円を描いてから、トン、トンと叩いてくる。
「それって俺に気を許してくれている証拠だよね? ありがとう。家族の前でも、朱里ちゃんの前でも頑張って気を張ってきたなら、俺の前でだけ弱いところも格好悪いところも、全部曝け出してよ」
「っっ…………」
私は無言で唇を引き結び、ぎゅう……と彼を抱き締める。
「……でも、涼さんに一方的に寄りかかったら……、負担になります」
すると彼はクスッと笑って言った。
「負担なんて思わないよ。他の女性と比べて悪いけど、物凄く嫉妬深い女性と比べたら、恵ちゃんなんて可愛いもんっていうか、まったく重さがないよ。綿飴」
「ぶふっ」
いきなり「綿飴」と言われ、私は噴き出す。
「俺、一人暮らしをしていて『寂しい』って思った事はないけど、これからこの家で恵ちゃんと一緒に暮らせていけるなら、毎日の生活がもっと楽しくなるな。……一人でも大丈夫だったけど、君が隣にいてくれると思うと、欠けていたつもりはないのに、欠片がピタッと嵌まった気持ちになるんだ」
涼さんの言葉を聞き、私はズッと洟を啜る。
「俺は君を心底求めているよ。俺には君が必要だ」
温かい声を耳にし、眦から涙が零れていく。
「『具体的にどこが?』って言われたら難しいけど……。こう、しっくりくるんだよね。俺はベタベタしてくる女性は苦手だけど、恵ちゃんは自立してる。むしろ君を見ていると甘えさせたくなるんだ。恵ちゃんを知れば知るほど『奥ゆかしいな』って思って、自分に寄りかからせて甘えさせて、君の欲望を引き出したくなる」
「うう……」
私は恐ろしいものでも見る目で涼さんを見る。
「さっき、『贅沢に慣れたら我が儘になるかも』みたいな事を言っていたけど、これまでの感覚から、君がそうならない事は分かっているんだよね。恵ちゃんが我が儘を言っても、俺から見れば本当に可愛いもんだと思うよ。君はとても常識人だから、人に迷惑を掛けるのを嫌がる。培われた常識は、贅沢に慣れたとしても、そうそうブレるとは思えないんだ」
「……なんだか過大評価されているみたいで恐縮です。でも私、意外と俗物だから、涼さんの愛情に寄りかかって、とんでもない我が儘を言うかもしれませんよ?」
ハードルを高くしないために言ったけれど、涼さんはサラリと一蹴する。