部長と私の秘め事
「そうなったら、それでいいよ。望んで好きになった子に我が儘を言われるなら、特に苦痛でもない。それにこう見えて、俺は自分の〝人を見る目〟にある程度自信を持っている。それこそ、恋愛でも仕事でも色んな人を見てきたからね」
確かに彼は、私とは比べものにならないぐらい、大勢を見てきたのだろう。
「恵ちゃんは、とても澄んだ目をしてる。朱里ちゃんも同じ。だから俺は君を好きになったし、朱里ちゃんの事も尊のパートナーとして相応しいと思っている」
「……新鮮な魚の見分け方みたいですね」
率直な感想を口にすると、涼さんは「ぶふっ」と横を向いて噴き出した。
「そういうトコ。……恵ちゃんがそういう所を失わない限り、君は大丈夫だよ」
涼さんはポンポンと私の背中を叩き、額に優しいキスをくれる。
その時、コンロからAI音声が流れ、ご飯が炊き終わって蒸し始めた事を告げた。
「さ、肉焼こうか」
彼はスツールから下り、熱されていた鉄板に油を少量ひき、塩胡椒が馴染んだ牛肉をそっと置いた。
するとジューッと音が立ち、私は思わずゴクッと唾を嚥下する。
(朱里がいたら肉音頭を踊ってそうだな)
私は食いしん坊の親友を思い出し、クスッと笑う。
二人で宅飲みしながら焼き肉する時や、外で焼き肉屋に行ってしこたま飲んで帰る時、朱里はよく訳の分からない歌を歌いながら踊る癖がある。
いつもはツンと澄ました品のいい猫みたいだけど、打ち解けた人の前では子供みたいな一面を見せる。
(そこが堪らないんだけどな)
微笑んでいる私の前で、涼さんは鉄板焼きシェフのように専門のヘラを使って、肉が張り付かないように底をすくい、いい焼き色がついたところでひっくり返す。
両面に焼き色がついたあと、お肉を脚のついた網に載せ、それにクロッシュドームをかけた。
「こうやって肉を寝かせて、全体的に加熱していくんだ」
「へぇぇ……」
「寝かせている間に、他の料理をよそっちゃおうか。手伝って」
「はい!」
返事をした私は、彼が出した食器にスープやご飯を盛っていく。
家政婦さんが用意したらしい前菜は、涼さんがお店みたいに綺麗に盛り付けていた。
「そこにもテーブルがありますけど、いつもはどこで食べているんですか?」
二十畳近いキッチンの中には、アイランドキッチンの他に鉄板スペースもあり、鍋用の窪みがあるテーブルセットもある。
リビングダイニングにも立派なダイニングセットがあるけれど、普段この広すぎる家でどうやって食事をしているのか、急に気になってしまった。
「大体はこっちで済ませてるかな。洗い物を持っていく距離が短いし」
「なるほど。やっぱり」
前菜を盛った涼さんはテーブルに食器を置き、また鉄板の前に戻ると、クロッシュドームをとった。
「恵ちゃん、ちょっとびっくりさせるよ」
「え?」
言われて彼のほうを見ると、涼さんはお肉を鉄板に置くと、お酒をサッと移動させながらかけ、着火ライターで火を点け、ボワッと燃え上がらせた。
「わっ!」
ビクッとしたものの、火はすぐに収まってホッとする。
涼さんは慣れた手つきで肉の焼き加減を確かめたあと、両手に持ったヘラみたいなターナーで肉を切り、器用に切り口の面が見えるようひっくり返す。
そしてあらかじめ用意してあった長方形のお皿に、綺麗にお肉を並べて盛った。
「すごーい……」
呆然と見ていた私は、ただ拍手をするしかできない。
「ちょっと格好付けてみた」
涼さんは悪戯っぽく言って白状したけれど、そんな姿すら格好いい。
(イケメンは何をやってもイケメンなんだな……)
私は妙な納得を得ながらお肉をテーブルに運んだ。
「実際のところ、フランベって何の意味があるんですか?」
「香り付けのためとか、少し焦がして香ばしくするとかかな。……まぁ、やらなくても構わないから、ほぼパフォーマンスのためと言ってもいいけど」
「クレープでもやりますよね。実際に食べた事はないけど、そういう演出があるのは知ってます」
「ふぅん? じゃあ、今度一緒にフランベをやってくれる店に行ってみようか」
涼さんの目がキランと輝き、私はうっかりおねだりしてしまった事に気づいて冷や汗を掻く。
そのあと、私たちは夜景を見下ろしながら、レストランに劣らない極上の夕ご飯を食べた。
確かに彼は、私とは比べものにならないぐらい、大勢を見てきたのだろう。
「恵ちゃんは、とても澄んだ目をしてる。朱里ちゃんも同じ。だから俺は君を好きになったし、朱里ちゃんの事も尊のパートナーとして相応しいと思っている」
「……新鮮な魚の見分け方みたいですね」
率直な感想を口にすると、涼さんは「ぶふっ」と横を向いて噴き出した。
「そういうトコ。……恵ちゃんがそういう所を失わない限り、君は大丈夫だよ」
涼さんはポンポンと私の背中を叩き、額に優しいキスをくれる。
その時、コンロからAI音声が流れ、ご飯が炊き終わって蒸し始めた事を告げた。
「さ、肉焼こうか」
彼はスツールから下り、熱されていた鉄板に油を少量ひき、塩胡椒が馴染んだ牛肉をそっと置いた。
するとジューッと音が立ち、私は思わずゴクッと唾を嚥下する。
(朱里がいたら肉音頭を踊ってそうだな)
私は食いしん坊の親友を思い出し、クスッと笑う。
二人で宅飲みしながら焼き肉する時や、外で焼き肉屋に行ってしこたま飲んで帰る時、朱里はよく訳の分からない歌を歌いながら踊る癖がある。
いつもはツンと澄ました品のいい猫みたいだけど、打ち解けた人の前では子供みたいな一面を見せる。
(そこが堪らないんだけどな)
微笑んでいる私の前で、涼さんは鉄板焼きシェフのように専門のヘラを使って、肉が張り付かないように底をすくい、いい焼き色がついたところでひっくり返す。
両面に焼き色がついたあと、お肉を脚のついた網に載せ、それにクロッシュドームをかけた。
「こうやって肉を寝かせて、全体的に加熱していくんだ」
「へぇぇ……」
「寝かせている間に、他の料理をよそっちゃおうか。手伝って」
「はい!」
返事をした私は、彼が出した食器にスープやご飯を盛っていく。
家政婦さんが用意したらしい前菜は、涼さんがお店みたいに綺麗に盛り付けていた。
「そこにもテーブルがありますけど、いつもはどこで食べているんですか?」
二十畳近いキッチンの中には、アイランドキッチンの他に鉄板スペースもあり、鍋用の窪みがあるテーブルセットもある。
リビングダイニングにも立派なダイニングセットがあるけれど、普段この広すぎる家でどうやって食事をしているのか、急に気になってしまった。
「大体はこっちで済ませてるかな。洗い物を持っていく距離が短いし」
「なるほど。やっぱり」
前菜を盛った涼さんはテーブルに食器を置き、また鉄板の前に戻ると、クロッシュドームをとった。
「恵ちゃん、ちょっとびっくりさせるよ」
「え?」
言われて彼のほうを見ると、涼さんはお肉を鉄板に置くと、お酒をサッと移動させながらかけ、着火ライターで火を点け、ボワッと燃え上がらせた。
「わっ!」
ビクッとしたものの、火はすぐに収まってホッとする。
涼さんは慣れた手つきで肉の焼き加減を確かめたあと、両手に持ったヘラみたいなターナーで肉を切り、器用に切り口の面が見えるようひっくり返す。
そしてあらかじめ用意してあった長方形のお皿に、綺麗にお肉を並べて盛った。
「すごーい……」
呆然と見ていた私は、ただ拍手をするしかできない。
「ちょっと格好付けてみた」
涼さんは悪戯っぽく言って白状したけれど、そんな姿すら格好いい。
(イケメンは何をやってもイケメンなんだな……)
私は妙な納得を得ながらお肉をテーブルに運んだ。
「実際のところ、フランベって何の意味があるんですか?」
「香り付けのためとか、少し焦がして香ばしくするとかかな。……まぁ、やらなくても構わないから、ほぼパフォーマンスのためと言ってもいいけど」
「クレープでもやりますよね。実際に食べた事はないけど、そういう演出があるのは知ってます」
「ふぅん? じゃあ、今度一緒にフランベをやってくれる店に行ってみようか」
涼さんの目がキランと輝き、私はうっかりおねだりしてしまった事に気づいて冷や汗を掻く。
そのあと、私たちは夜景を見下ろしながら、レストランに劣らない極上の夕ご飯を食べた。