部長と私の秘め事
 俺は完全に気絶してしまった恵ちゃんを見て微笑み、彼女のまっすぐな髪をサラリと撫でてからそっと唇にキスをした。

「気持ち良かった」

 俺はそう呟き、静かに息を吐く。

 事後処理を終えたあと、俺は恵ちゃんを仰向けに寝かせ、羽根布団を被せる。

 全裸のまま洗面所に行ってタオルをぬるま湯で濡らしたあと、寝室に戻って彼女の体を拭き、「おやすみ」と頭を撫でる。

 そのあと少し彼女の寝顔を見つめていたが、一つ息を吐いてバスルームに向かった。





「……気持ち良かった」

 俺はシャワーを浴びながら、先ほどと同じ事を呟く。

 彼女と話しているとあまりにピュアで可愛く、何回抱き締めて「可愛い~!」と悶えたくなるのを堪えたか分からない。

 尊から前情報として聞いていたのは、恵ちゃんは朱里ちゃんの親友で、彼女を普通の友達以上に大切に想っている女性(ひと)という程度だった。

 尊の長年の片想いに協力していた人であると教えてもらっていたが、グループデートでその情報を出す必要はない。

『複雑そうな女性だな』と思ってランドに向かえば、ボーイッシュな雰囲気の可愛い女性だ。

 朱里ちゃんは女性の割には高身長なほうだから、隣に立っていると恵ちゃんの小柄さが目立つ。

 サラリとした前下がりボブを見ていると、触りたくなって堪らない。

 アーモンド型の大きな目でジッと見つめられると、心の底を見透かされている気持ちになり、ソワソワする。

 言葉遣いは丁寧ながらもまったく飾らず、自意識過剰なようだが、俺を前にしても態度を変えなかった女性は初めてだった。

 最初は『構ってほしいがゆえの塩対応かな?』と思ったが、接しているうちに素の態度なのだと分かった。

 構ってほしいだけの女性なら、何か『買ってあげようか?』と言うと、何だかんだ言いながらおねだりしてくる。

 だが恵ちゃんは俺の事を〝いけ好かない金持ち〟と思っているのか、何を話しかけても塩対応のままだった。

 かといって悪人と決めつけて嫌っているわけでもなく、その絶妙な感じが彼女の〝素〟なのだと分かり『いいな……』と思ってならない。

 彼女の様子を見て、学生時代を想像できた気がした。

 スポーツ万能でみんなに人気のある女の子なのに、男子にはまったく興味を示さない。

 照れているでもなく、気を引こうとしてそっけなくしているのでもなく、まったくそのまま〝素〟で興味がない。

 正直、女性にそんな態度をとられたのは生まれて初めてで、興味が湧いて堪らなかった。

 最初は『どうせ優しくしたら落ちるだろ?』と思っていたが、演じている訳ではないと悟ったあとは、振り向かせるのに必死になっていた。

 周囲からイケメンと言われる顔を見ても駄目、金をチラつかせても駄目、三日月グループの名を出しても駄目。かといって好きな男がいるわけでもない。

 彼女が大切にしているのは、恋人のいる親友だ。

 男として見てもらいたくて必死になっているうちに、彼女と過ごす時間が楽しくなり、『付き合いたいかも』と思い始めた。

『二泊三日も一緒に過ごせば、嫌な所や猫を被りきれなかった部分が見えるだろう』と思い、同じ部屋に泊まったが、それもない。

 代わりに知ったのは、中学生女子かと思うような純粋さだ。

 ――この子、このまま放置してたら危ないかもしれない。

 ――下手な男に捕まったら、純粋さを利用されて弄ばれる。

 そう思ったあとはとめどなく庇護欲が湧き起こり、いつの間にか『自分が守ってあげたい』という気持ちにすり替わっていた。

 そして『俺のものにする』と決めたあとは、彼女がどんな反応を見せても可愛くて仕方がなくなり、随分久しぶりに恋をする感覚を思い出して堪らなくなった。

 笑わせたい。照れた顔が見たい。もっと俺を見てほしい。少し困らせたい。

 小学生男子かというような感情が次々に湧き起こり、彼女の一挙手一投足が気になってならない。

 ――恵ちゃんにずっと側にいてほしい。

 そんな想いが沸き起こったあと、次に考えたのはどうやって自由奔放な猫のような彼女を自分の元に引き留めるかだ。

 始末が悪いのは、俺は彼女一人囲い込んでもまったく問題のない財力を持つ男だという事だ。

 彼女にマイナスになる事をするつもりはないが、一度ロックオンしてしまった以上、もう彼女を手放すつもりはない。

 同時に自分の気持ち一つで、一人の一般女性の人生を掌握してしまったと思うと、この上ない罪悪感がこみ上げた。
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