部長と私の秘め事
「気持ちいい事は悪い事じゃないよ。これは恵ちゃんがされた痴漢行為とは違う。俺が君を愛しているがゆえの行為だ。『いやらしい事は悪い事だ』って思わなくていいんだよ」

 私は涼さんに声を掛けられ、ハッとする。

 彼の言う通り、私の中にある性的な事への拒絶感、嫌悪感は、すべて痴漢された事から始まっている。

『男なんてヤりたいだけ』と思い、心から愛し合っている男女がいるのは分かっていながら、自分の周りにいるのは下卑た考えを持つ人だけだと思い込んでいた。

 だから田村が嫌いだったし、篠宮さんの事も朱里の命の恩人と思いながら、どこかライバル視していた。

「私……っ」

 そんな自分が情けなくなり、私はグスッと洟を啜って目元を拭う。

「もう、呪いから解き放たれていいんだよ。君は愛されるべき存在なんだから」

「っ~~~~っ!!」

 彼に優しい言葉をかけられた瞬間、私は涙を流していた。

「気持ちいい? 恵ちゃん」

 私は優しい手に体を愛撫され、唇をわななかせながら頷く。

「――――きもち、……ぃ……っ」

 性行為を肯定した瞬間、私の中でガチガチに強張っていたものが、フワッと解放されていったように思えた。

 すべてのしがらみから解き放たれたとは言わないけれど、少なくとも相手が涼さんなら裸の自分を曝け出しても構わない。そう感じられた。





「恵ちゃん……っ、達く……っ」

 行為の最後、涼さんは私の名前を呼んで絶頂してくれた。

「あぁ……っ」

 それが、とても嬉しくて涙が出てしまう。

 ようやく終わるんだと理解した私は、切ない吐息を漏らして体を弛緩させる。

 ――もう駄目……。

 目を閉じてぐったりとした私は、もしもの話を考える。

 彼は当然避妊具をつけたけれど、「もしもなかったら……」と想像し、嫌ではない自分に気づいてしまった。

「可愛いね、恵ちゃん」

 涼さんは私の顔にキスの雨を降らせる。

 疲れ切った私は、それに何も答えられなかった。

(本当なら、何か気の利いた事を言ったほうがムードが出るんだろうか)

 そう思うけれど、疲れすぎて指の一本も動かせないし、声を上げすぎて普通に話せる気もしない。

(あとで感想を言うので、許してください……)

 私は心の中で謝り、疲れ切ったまま、少しずつ意識を闇の中に手放していく。

 私は半分眠りながら、自分がようやく呪いから解放され、〝女〟としての生き方に前向きになれた事を感じていた。

 多感な時期につけられた傷は、多分一生付きまとうかもしれない。

 結婚して子育てに追われるぐらいになったら、もっと大らかになっているかもしれないけど、今すぐ何もなかった事にはならないと思う。

 それでも、涼さんが側にいると思うだけで、こんなにも安心している自分がいる。

 大学生時代、友達と徹夜して遊んだ挙げ句、男友達の狭い賃貸アパートで皆で雑魚寝した事がたびたびあった。

 けれど皆が床の上で眠っているなか、私は〝外〟で寝る事ができず、朝まで膝を抱えて起きていた。

 皆と騒いで『楽しい』と言いながらも、胸の奥に傷を負った私は、人前で無防備な姿を晒す事ができなかった。――誰も信じられなかったのだと思う。

 そうして私は朱里以外の誰にも弱みを見せず、気がついたら『中村さんって強キャラだよね』と言われるようになっていた。

 でもやっと、その仮面を外せる相手が一人増えたのかもしれない。

「……あり……、がと…………」

 声にはならなかったけれど、唇だけでそう呟いたのが分かったのか、涼さんは私の頭を優しく撫でてからキスをしてくれた。

 そのあとは意識がスゥッと柔らかな闇に包まれ、私はすべてを解放して眠りの淵に落ちていった。
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