部長と私の秘め事
「……もしかして、このエプロンも買いました?」

「おや、よく分かったね」

 涼さんはなんでもない事のように返事をし、ニコリと笑う。

「姉と妹はほとんど料理をしないんだ。家政婦さんは自前のエプロンを使っているしね。……やっぱり恋人同士でキッチンに立って、一緒に料理を作るって楽しいじゃないか。ほら、俺もお揃いなんだ」

 そう言って、涼さんはクルリとこちらを見てデニム地のカフェエプロンを示す。

 エプロンは有名デニムブランドの物で、私の赤い物もデニム生地でできていてお洒落だ。

「……意外とお揃いが好きですね。乙女だ」

「初恋みたいなもんだから、そりゃあウキウキするよ」

「外出する時のペアルックは遠慮しておきます」

 先に言っておくと、涼さんはあからさまにガッカリした表情をする。

「……恵ちゃんって意外と恋人になったあとも塩対応だよね? メロメロにさせ甲斐があるからいいんだけどさ……」

「……そりゃあ、初めての彼氏で嬉しいですけど、気の進まない事は先に言っておかないと。あとになってから『実は我慢してました』って言われるほうが悲惨じゃないですか」

「確かにそうだけど……」

 少しショボンとしている涼さんが可愛くて面白い。

「で、何をすればいいですか?」

 質問すると、涼さんは本題を思いだしたらしく、レトルトのコーンスープのパウチを示した。

「これ、湯煎してくれる?」

「了解です」

 そのあと、私たちは手分けして朝食の準備を進めた。

 三十分後、私たちはキッチン内にあるテーブルに向かい合わせに座っていた。

 フィンランドの食器ブランド、イッタラのシリーズ、ティーマの青いプレートの上には半分にカットされたトースト、ベーコンとソーセージ、エッグベネディクト、ベビーリーフとミニトマト、アボカドのサラダがのっている。

 エッグベネディクトのソースは涼さんのお手製だ。

 同じ青いボウルの中にはコーンスープがあり、ホカホカと湯気を上げている。

 私と涼さんの間にはバスケットがあり、その中にはクロワッサンをはじめ、色んな種類のパンが入っていた。

 目覚めた時に彼は私の隣に寝ていたけれど、あれは一度起きて早朝に人気のパン屋さんで買い物をしたあとだったらしい。なんという行動力。

「好きなパンを食べていいからね」

「ありがとうございます」

 コーヒーはやはり同じイッタラの別のシリーズ、タイカの青い柄物のカップに入れられ、同じくアイノ・アアルトのタンブラーにオレンジジュース、カステヘルミのタンブラーに水が注がれてあった。

「このブランド好きなんですね」

「なんかフィーリングがピンと合ったんだよね」

 料理の準備をしている時に、食器のこだわりがあるのか尋ねてみたら、色々と教えてくれた。

 私が知っている有名陶器ブランドの物もあるらしいけれど、普段好んで使うのはシンプルなデザインが多いらしい。

 繊細な絵付けがされたエレガントな食器類は、主に姉妹が訪れた時に使っているのだとか。

「おいし」

 ジャムはメゾン・エルバンという所の物らしく、どれだけ凄いお店のかは分からないけれど、とにかく美味しい。

 私は普段あまりジャムなどは使わない派だけれど、せっかくだから……と思ってつけてみたら、とんでもなく美味しくて虜になってしまった。

「あぁ~……。幸せ……。ラインナップは自分で作る物と変わらないのに、価格帯が違うだけでこんなに美味しいとは……。もう元の生活に戻れなさそう……」

 幸せな吐息をつきながらぼやくと、涼さんはニコニコしながら言う。

「戻らなくていいじゃないか。さっそく今日から引っ越しの準備をしてもいいし」

「だから発想が極端なんですって……。できる男は即行動なのは分かりますけど……」

「じゃあ、いつ頃からなら同棲してもいい?」

 具体的に迫られ、私は言葉を詰まらせる。

「できれば、いますぐが無理な理由も教えてくれると嬉しい」

 うう……。この人、ニコニコしてるけど本気出してきた……。

 私は溜め息をついてソーセージをモグモグし、なんて答えようか考える。

「俺と一緒に住むのは嫌?」

 尋ねられ、私は小さく首を横に振った。

 美味しいソーセージを食べたあと、私は溜め息混じりに言った。

「……涼さんが私を好きでいてくれるのも、ここまで本気になった女性が私だけっていうのも信じています。……でもあまりにも突然すぎて、『いいのかな?』って思ってしまって」

 そう言うと、彼は「そうだね……」と顎に手を当てて頷いた。
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