部長と私の秘め事
 着いたのは都内にある総合病院で、車で追いかけてきた涼さんがどうしてもと言うので、MRI検査を受けた。

 幸い中身に異常はなく、たんこぶができただけと診断され、彼は安心したようだった。

 検査を終えると結構時間がかかっていて、そろそろ二十二時になりそうだ。

 自分の検査だから自分で払うと言ったけれど、涼さんは「俺が持つ」と言って聞かず、結局彼に払ってもらう事になった。

 ベンチに座ってボーッとしていると、涼さんが自動販売機でお茶を買ってきてくれた。

「ありがとうございます」

 自宅で目を覚ましてからずっと何も口にしていなかったので、確かに喉が渇いている。

 ゴクゴクと喉を鳴らしてお茶を飲んだあと、私は溜め息をついた。

「スマホ……どうしようかな。ショップ行って止めてもらわないと」

 面倒な事になったけれど、襲われて奪われたなら、もう戻って来ないと思ったほうがいいだろう。

 憂鬱になって溜め息をついた時、隣に座っている涼さんは足を伸ばしてから言った。

「もしかしたらすぐ戻って来るかもしれない」

「でも、強盗に奪われたなら、見込みがないでしょう」

 彼を見て言ったけれど、涼さんは難しい顔をして前方の空間を見つめている。

 いつもならすぐ何か返事をするのに、彼は何か考えるように黙っていた。

「……何かあるんですか?」

 おかしいと思って尋ねても、いつもの彼らしくなく沈黙を返してくる。

 そのうち、彼はゆっくり息を吸うと深い溜め息をつき、私に向き直ると目を見つめて言ってきた。

「……尊が犯人を追いかけた」

「……どういう事ですか?」

 どうして篠宮さんが、私を襲った相手を知っているのか。

 涼さんは視線を落とし、もう一度溜め息をついてから私を見つめ、覚悟を決めた表情で言う。

「朱里ちゃんが攫われた」

「――――…………、…………え……?」

 その言葉を聞いた瞬間、ズシッと胸の奥に重たい鉛玉を投げ込まれたような感覚に陥り、私は喘ぐように言葉を漏らす。

「彼女は今日の二十一時頃、恵ちゃんから『マンションまで来ているから、外に出てほしい』とメッセージを受けて外出した。そのあと、何者かに誘拐され、スマートウォッチから尊に電話をかけてSOSを出した」

 私は彼の言葉を聞くだけで精一杯だ。

 理解できないし、なぜそうなったのかも分からない。

「……私、……そんなメッセージ入れてない……」

 呆然として言うと、涼さんは「分かってる」と頷く。

「尊はすぐに武装して彼女を追いかけた。GPSを追うと言っていたし、誘拐されてすぐの事だから、ほどなく発見されるだろう。俺も警察の知り合いに連絡をしておいた」

 ドラマの中でしか出てこないような単語が次々に耳に入り、理解が追い付かない。

 しばらく私は呆けていたけれど、朱里が攫われたという事実を遅れて把握する。

「…………私のせいだ……」

「違う」

 涼さんは即座に否定する。

 ――朱里が……、攫われた? 誘拐された?

 ――どうなるの? あの子。

 ――暴力……、レイプされたり、最悪、死……。

 そこまで考えると、次から次に涙が流れ呼吸も乱れてくる。

「恵ちゃん、しっかりして。彼女は大丈夫だ」

「どうしてそう言い切れるんですか? 助かった確証もないのに」

 私は泣く寸前の声で言い、鳴り騒ぐ心臓を押さえてうずくまる。

「朱里に何かあったらどうしよう……。あの子に万が一の事があったら、私……っ」

「恵ちゃん、大丈夫だから!」

 涼さんは動揺してガタガタになった私に「大丈夫」を繰り返し、しっかりと抱き締めた。

 その時、彼は「あ」と声を漏らして、ズボンのポケットに手を入れる。

 彼は真剣な表情でスマホを見ると、溜め息をついて私に笑いかけてきた。

「尊から連絡。無事に朱里ちゃんを助けたって」

「え…………」

 立て続けに色んな情報を聞かされた私は混乱し、彼の言った言葉を理解できずにいる。

 涼さんはスマホを置き、私の両肩に手をのせ、しっかり目を見つめて言う。

「朱里ちゃんは無事だ」

 そう言われ、私は無言でコクコクと頷く。
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