部長と私の秘め事
「朱里……、ごめん。……本当にごめん」

 恵は今まで見た事がないぐらい動揺していて、彼女がこんなに泣いた姿を見た事がない。

「大丈夫だよ。すぐに尊さんが来てくれたもの。それより恵は何されたの? 大丈夫?」

 少し落ち着いたあと、私たちは自分の身に何が起こったのか教え合った。

 私は恵が殴られ、首を絞められた事に深い悲しみと罪悪感を抱き、恵もまた私がさらわれ、昭人に殴られた事にショックを受けていた。

 しばらく私たちはきつく抱き合い、お互いの無事を確かめるように背中をさすり合っていた。

 そのあと、待合室のソファに座り、手を繋いだままボソボソと文句を言う。

「……最低だ、あいつ。女の子に暴力を振るうなんて」

 昭人への怒りは収めたつもりでいたけれど、恵の首を絞めたと聞いて、再び激しい感情が沸き起こっている。

「死ねばいいのに」

 冷淡に吐き捨てた恵の言葉を聞き、私はギュッと彼女の手を握る。

 それから溜め息をつき、ボソボソと本音を話していった。

「……私、さっき尊さんの前で『これ以上昭人の事を考えてやらない』って宣言したの。彼はもう過ぎ去った人だし、私たちの人生に関わらない。気にしてたらいつまでも昭人の影に怯える事になるし、絶対に忘れて幸せに生きてやるんだ……って」

「うん」

 恵は溜め息をつき、頷く。

「でも、本当はすっごい真っ黒な感情に支配されて、汚い言葉で罵ってやりたかった」

「当たり前だよ。私たち、それだけの事をされたもん」

 彼女は勃然として言う。

「……だから今、恵が『死ねばいいのに』って言ってくれて、ちょっとスッキリして『いい気味』って思っちゃった。自分では綺麗でいたがるくせに、他人に代弁してもらっていい気分になってるの」

「それでいいと思うよ。朱里は私みたいに、後先考えず思った事を口にするタイプじゃないもん。でも、私は割とストレートな物言いをするけど、朱里の代わりに口汚く言ってるわけじゃない。言いたいから言ってるの」

「うん」

「……これでいいと思うよ。私と朱里は性格が違うけど、気が合って親友でいられる。私は朱里が言えない事を言うし、朱里は私ができない考え方をする。それでうまくかみ合っているんだよ。片方が冷静じゃないと、二人で熱くなって突っ走ったら事故が起きるでしょ」

「確かに」

 私は小さく笑い、恵の腕を組んで肩に頭をのせてから言った。

「……これからしばらく、私たちは顔を合わせるたびに昭人への文句を言うと思う。二人とも被害者だし、文句を言う権利はある。……でも、愚痴の沼って嵌まったらなかなか抜けられない。それに恵と働く部署が変わって、毎日顔を合わせづらくなった。恵と過ごす時間は楽しいものにしたいのに、昭人への文句で貴重な時間が終わっちゃうのは避けたい」

「だね。朱里の言う通りだ」

 彼女の返事を聞き、私は顔を上げて笑いかけた。

「一か月はスーパー愚痴タイムにしよう。無理に愚痴を我慢するのも、心に悪い気がするし。言いたい事を言いまくって、飽きちゃうぐらい文句を言う。……そのあとは、なるべく話題にせず、楽しい事を考えるようにしよう」

「よし、分かった!」

 頷いた恵は、先ほどよりもスッキリした表情をしている。

「それで私たちも、お互い申し訳なく思ってるのは分かるけど、謝り合うのは不毛だから、なるべくやめておこう。原因を探せば、いくらでも出てくるかもしれない。色んな可能性があると思う。……でも、昭人が暴走しなければこんな事にはならなかった。そこをはき違えちゃいけない」

「うん、その通り。……やっぱり朱里は自慢の親友だな」

 恵に褒められ、私はクシャッと笑う。

「速水メソッドだよ」

「ははっ、……私も涼さんのお陰で少し前向きになれてるかな」

 そこでお互いの彼氏の名前が出て、私は彼らのほうを見る。

 尊さんと涼さんは情報共有を終えたのか、少し離れたソファに座っていた。

「話は終わったか?」

 私の視線に気づいた尊さんが立ちあがり、涼さんと二人でこちらにやってくる。

「朱里ちゃん、恵ちゃんと俺たちと四人で、夜ラー行かない? エネルギー充電」

 涼さんに言われ、私はスックと立ちあがって返事をした。

「行きます! トッピングマシマシでガッツリ食べます!」

 こんな事になったからには、食べずにいられない。

 待ってろ! チャーシュー、煮卵、海苔、メンマ!

「それで俺からも提案だけど、朱里、今晩は二人で涼の家に厄介にならないか?」

「え?」

 尊さんに言われ、私は目を瞬かせる。
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