部長と私の秘め事
「なんで恵を怒らないとならないの? 強盗をしてスマホを奪った昭人が悪いし、恵に落ち度はないよ。むしろ、私のせいで襲われて……、ごめん」

 ギュッと彼女の手を握り返すと、恵は言葉を噛み締めるように頷いた。

「……うん。……うん。だよね。あいつが悪い」

 恵は襲い来る罪悪感と戦っている。

 私もまた、自分のせいで親友が暴力を振るわれたと知って、物凄い罪悪感と後悔とに苛まれている。

 でも、友達だから、親友だから、ちゃんと向き合って思っている事を全部口にして、二人で乗り越えていかないとならない。

「………………はぁ…………」

 俯いていた恵は天井を仰ぎ、溜め息をつく。

「くそ、マジで田村のせいだ。あいつがあんな事件を起こさなかったら、私たちは変な遠慮とか罪悪感なく、ラブラブでいられたのに」

「……うん。そこは全部昭人のせいにしたい」

 私も溜め息をつき、苦笑いをする。

 そのあと両手を組んでひっくり返し、伸びながら言った。

「……私たち、最高のスパダリに出会えたじゃない? いい事があったら、その反動で悪い事もあるんだよ。……でもこの程度で済んだ事に感謝しない? 今回の事件は起こらず、私は昭人と付き合ったままなのと、尊さんと涼さんに出会えた今の状況、どっちがいい? って言われたら決まってるじゃん」

「だな」

 恵は頷き、自分に言い聞かせるように、そのあとも何回も頷き、溜め息混じりに言った。

「分かってるけど、人生楽しい事ばかりじゃないんだよね。ここんとこずっと、仕事関係で多少の不満はあれど、特に大きな不幸もなくやってきた感じはある。で、涼さんに出会ってグーッと人生のクライマックスみたいになって、ズドンと落とされたから、余計に落ち込んでるのかも」

 恵は指先で空中にグラフのように線を描きながら言う。

 私はそれに「んだ」と頷く。

「やな事があると『なんで自分だけ』って思っちゃうよね。……でも、私たちはこうやって嫌な想いを共有して、慰め合えているだけマシだと思う。世の中には誰にもつらい思いを吐き出せない人もいるだろうし」

「確かに」

 恵は頷く。

「私と恵はずっと親友だし、気晴らしをするために焼き肉食べ放題に行こうと思ってるし」

「ちょっと待て。ヌルッと決定事項で入れてくるな」

 恵に突っ込まれ、私は「バレた」と笑う。

「……まぁ、昭人なんかに私たちの仲は壊されないし、ちょっと躓いたけど、また元通り楽しくルンルン歩いていくんだよ。隣には尊さんと涼さんもいるし、これから先、絶対楽しい事がある。躓いた石にずっとムカムカしてたら、綺麗な景色を見落とすかもしれない」

 私が自分に言い聞かせるように言ったあと、恵はクスッと笑った。

「朱里、凄く前向きになったよね。篠宮さんと付き合うようになってから、以前の何もかも諦めたような感じがなくなった」

「そんな厨二っぽい雰囲気あったっけ?」

「ちょっとね」

 恵の答えを聞き、私は「マジか」と笑う。

 そのあと、昭人が私に見せつけたてるてる坊主を思いだした。

「あのー……、ね。…………うん……」

 私はお湯の中で何とはなしに自分の指を絡め、言葉を探す。

「……私、梅雨時期が苦手でしょ。それで、昭人の前でてるてる坊主を怖がった事があった。今回、それを逆手にとって、言う事を聞かせるために利用されたわけだけど……」

「マジ? 最低だな、あいつ」

 恵は大きな溜め息をつく。

「……お父さんの事ね、……思い出そうとしても思い出せないんだけど、最近断片的に当時を思い出す時もあるの」

 そう言うと、恵はハッと顔を上げた。

「トラウマになっている事そのものを思いだしたんじゃなくて、当時は学校でこんな事があったな、とか、梅雨時期の空気感とか、当時持っていた傘の色とか。クラスの女子に言われた嫌な言葉とか、放課後の学校のガランとした感じ、遠くで部活をしている人たちの声や物音が聞こえる感じとか……」

 私は視線を落とし、指で円を描いてみせる。

「ポッカリと空いた記憶の穴があるんだけど、その周囲にある記憶が、ちょっとずつ蘇っている感じ。何かとっかかりがあれば、そこからスルッと思い出す……、かもしれない」

 とても抽象的な事を言って困らせたかな、と恵を見ると、彼女はとても心配そうな、泣きそうな顔をしていた。

「……思いだしても大丈夫?」

 恵に尋ねられ、私はクシャリと笑う。

「……んー、なんかさ、覚悟を決めてえいやっ! と思い出すもんじゃないの。私の意志にかかわらず、ある時突然『あ』って思い出すもんなんだと思う」

「……そうだね。……っていうか、高飛び込みじゃないんだから」

 シリアスながらも突っ込まれ、私は小さく笑う。

「忘れて自分を守ろうとするほどの事だから、思いだしたらきっと動揺するかもしれない。……でも側にはいつも尊さんがいてくれるし、恵や皆もいる。落ち込んだら焼き肉とラーメン付き合ってもらうし、沢山飲む」

「……あんたのそういう逞しいところ、大好きだよ」

「えへへ」

 褒められた私は照れ笑いする。

「まー、『怖い何かが起こった時、どうしよう……』って考えるより、『何かが起こった時はこうしてもらおう』って、先に周りの人にヘルプを求めておくほうが、確実なのかも」

「そうかもね。朱里は篠宮さんに会うまで、割となんでも一人で抱え込みがちだったけど、今はうまく周りを使っていると思う」

「ちょっとずつアップデートしてます。アカリ26.4……とか?」

「ふふっ、いーんじゃない? 私もとことん朱里に付き合っていく。私も一緒にアップデートしながらね」

「恵と一緒ならコワクナーイ!」

「コワクナーイ!」

 笑い合ったあと、私たちはお風呂から上がった。
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