部長と私の秘め事
 体を拭いたあと、私は恵に色々レクチャーしながらフェイスケア、ボディケア、ヘアケアをしていく。

 今までもアドバイスはしていたけれど、心境の変化があった恵は真面目に聞いていた。

「しかし朱里のモチモチお肌の秘訣は、なかなか面倒臭いね」

「面倒なんだけどね~。やっぱり何事も手を掛けたほうが、あとで結果が出るのかもしれない。日焼け止めとかもね」

 学生時代から日焼け止めだけはしっかり塗っていたので、今も割と肌は白いほうだと思っている。

 真夏に真っ黒なアームカバーにフェイスカバー、サンバイザー! まではいかないけど、日傘も使っているし、アームカバーも重宝している。

 そして三十路に近付いていくにつれ、アイシャドウやリップなどの色物コスメを使ったメイク方法より、如何に肌を大切にすべきかを重視するようになった。

 ネットを見れば人生の先輩たちが色々とアドバイスを書いていてくれて、人それぞれのやり方があるから、とりあえず目を通して情報を得てはいる。

「それだけ努力を重ねられるのは凄いよ。他部署の女で、美人な芸能人のアンチがいるけど、そういう人はきっと水面下で美のために努力している事を知らないんだろうね。……ちょっと考えれば分かる事だけど、嫌いな人には嫌な人であってほしいから、地道な努力をしているとか思いたくないんだろうな」

「そういうのはあるかもね。尊さんも『速水部長はナチュラルにイケメンだからいいですよね』ってよく言われていたみたいだけど、頭がいいのだって、身なりを整えているのだって、体型をキープしてるのだって、何もしていないわけじゃないのに」

 私はドライヤーをかけ終えた髪をフワフワと確かめ、少し唇を尖らせて言う。

「ま、篠宮さんの場合、自分が心を許している人にだけ分かってもらえていたら、他はあまり気にしてなさそうだけどね」

「かも! 私は強火の速水部長オタクなので、全力で推しを支えていかないと!」

 私は両手に化粧水と美容液を持ち、サイリウムのように左右に振る。

「よく言うよ。『部長なんて大嫌い』って言ってたくせに」

 恵はケラケラ笑い、「お言葉に甘えて水飲もうか」と、洗面所にある冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを二本出し、一本を私に手渡してくる。

 そのあと、私たちは洗面所から出て廊下をペタペタ歩き、リビングダイニングに向かった。

(尊さんと涼さんもお風呂に入ったのかな)

 そう思いながらだだっ広いリビングダイニングに入り、「ん?」と目を瞬かせた。

 涼さんはお風呂に入っているのかそこにはおらず、尊さんは……、なぜかテーブルの上にトランプを三角形に積み上げるタワーを作っていて、めっちゃ真剣な顔をしている。

「……何やってるんだろ。側でくしゃみしてやろうかな」

 恵がボソッと言い、私は「まぁまぁ」と彼女を制する。

「真剣ミコもまた乙なもの」

 そう言った私は、スマホで彼の真剣な顔を写真に収めた。

「尊さん、何やってるんですか?」

 彼を驚かせないように遠くから声を掛けると、尊さんは「ああ」と返事をしてから、微妙な顔で笑う。

「実につまんねー事なんだが、涼と明日の朝飯について話していて、俺がタワーを完成させられたら和食になった」

「つまんなっ」

 恵がとっさに突っ込む。

「尊さん、そこまで和食がいいんですか?」

「いやー、単なるゲームだよ。『どっちにする?』って話をしてて、キッチンには和食でも洋食でも、中村さんに食べさせたいあれこれがあるんだとさ。『じゃあ、ゲームで決めよう』っていう事になり、なぜかじゃんけんとかじゃなく、俺がトランプタワーを作れるかどうかになった。……あいつは今頃、優雅に風呂の中だよ」

「涼さん、意外と自由人なんですね」

「意外とじゃなくて、見たままだろ」

 尊さんは横を向いて溜め息をつく。

「どっちでもいいなら、ここまで頑張る事ないのに」

 恵は離れた所に座り、クピクピと水を飲む。

「だよなー、俺も思う。でもチャレンジしてみたくて」

「おっ、いいね! やってみる精神!」

 私は尊さんの横に座って彼がトランプを積んでいく様子を見守る。

「朱里もやってみるか?」

「え? 私、がさつだし、絶対崩すからいいですよ。せっかく尊さんが積んだの、壊したくない」

「だから和食にそれほどこだわりはないし、試しにできるかどうかやってるだけだって。ほれ」

 そう言って、尊さんは私にカードを二枚持たせる。

(セレブってなんのトランプ使ってるんだろ)

 不意にそう思ってカードを見てみると、そこにはボッテガヴェネタと書かれてあった。

(ひい)

「横に置くだけなら難易度が低めだと思うから、そこの三つの山の上に、トランプを二枚横に置いてみ」

「ええ~……」

 私はドキドキしながら立ちあがり、呼吸を鎮めてトランプタワーに向き合う。

 そして顔を近づけてそーっとトランプを重ねようとした時――。

「朱里、胸」

 恵の声がしたかと思うと、まだトランプに触ってもいないのに、バシャッと土台がすべて崩れてしまった。

 私は両手にトランプを持ったままポカーンとし、尊さんも目を丸くしている。

「ああ……」

 恵は顔に手を当て、天井を仰いでいる。

「……また乳大暴れか」

 尊さんはクスクス笑い、そのうちツボに入ったのか突っ伏して体を震わせ始めた。

「ごっ、ごめんなさい!」

「いいって」

「パン大好きだから! パン!」

「朱里はさっき、パンツ食べてたでしょ」

 恵の突っ込みを聞き、尊さんは「助けてくれ」とヒイヒイ笑い続けた。
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