部長と私の秘め事
 最初は尊さんの結婚相手と言われていたけれど、本当は風磨さんとラブラブで、少し優柔不断なところのある彼を導くやり手秘書、兼彼女。

 さっぱりしていて気取ったところがなく、姐御肌で接していて気持ちのいい人。

 もしも個人的に関わる事がなかったら、私はいつまでも他の人と同じように彼女の事をテンプレートな〝美人秘書〟として見ていたかもしれない。

 加えて今は、まさか知り合いになると思わなかった、雲の上の人たちの人間としての一面も知るようになった。

 完璧な御曹司と思っている人も、完璧な令嬢に見える人も、色っぽい美人秘書と思っていた人も、いかめしそうな会長も、厳格そうな老婦人も、みんな人間らしい一面を持っている。

 人と関われば関わるほど、「やっぱり直接顔を合わせて話してみないと分からないな」と感じる。

 話した事すらない人が、どこから仕入れたか定かでない情報で「こういう人らしいよ」と無責任に話す事ほど、頼りにならない情報はない。

(私は、自分が信じたいと思った人を信じて、頼りにしていこう)

 自分に言い聞かせた私は、エミリさんに「宜しくお願いいたします」と頭を下げた。





 その後、なんとか通常業務に戻って、慣れないながらも秘書の仕事をこなしていった。

 今はまだ、就任したてで引き継ぎ関係の仕事ばかりだけれど、そのうち国内、海外問わず出張にも行かなければならない。

 商品開発部時代にも、部長と部下数名で遠方にある企業を訪れるために、出張する事はあったけれど、副社長と秘書となったあとは少し状況が異なる。

 尊さんが先方とより良い商談を進められるように、私が相手の情報や、纏められた弊社の資料を確認しなければならないし、出張先のホテルや会食に利用するお店の予約なども、すべて一人でこなさなければならない。

 勿論、やる気を漲らせて全力で取り組み、エミリさんに適宜質問しながらやっていくつもりだ。

 けれど経験がものを言う場合もあるだろうし、やっぱり第二秘書は必要だと確信していった。

 私と恵はそれぞれの職場で働き、お互い会社にいる時は連絡し合って社食で会った。





「それで調子はどうよ」

 女子会を明日に控えた金曜日、恵は焼き魚定食の鯖を骨を取りながら尋ねる。

「うん、まぁ、仕事のほうはなんとか頑張ってる。エミリさんが第二秘書を見つけてくれるって言っていたし、私よりずっと仕事のできる人が現れたら、色んな事を沢山聞いて貪欲に学んでいきたい」

「うん、そのほうがいいと思う。頑張って」

「……で、恵は涼さんとどうなの?」

 私はクルクルと大盛りパスタをフォークで巻き、口に入れる。

 社食で皆に見られていようが、お腹が空いたので怖れずに大盛りを頼む事にしている。

「ぶほっ」

 恵は質問された瞬間、お味噌汁に噎せ始めた。

「あーあ、もー。どんまい」

 私は手を伸ばしてトントンと彼女の腕を叩く。

 恵はしばらくゲホゲホしていたけれど、赤い顔でチラッと周囲を窺ってから言った。

「……な、なんとか……、やってる……」

 その反応を見て、私はニチャア……と笑った。

「具体的には?」

「ふ、フツーだよ! 朝起きて…………、ンン”ッ」

 そこまで言って恵は咳払いをして真っ赤になり、私はさらにニチャニチャ笑う。

「一緒に寝てるんだー……?」

 私は小さな声で言い、からかうように小首を傾げてみせる。

「だっ、だって! 自分の部屋で寝かせてくれたの、一日だけだよ!? 『一年の期限が勿体ないから、早く仲よくなるために一緒に寝たい』って言われたら……っ、ウウッ。……お陰で寝不足になるし……」

「寝不足……」

「違う!」

 私がニチャア……と笑うと、恵は真っ赤になって突っ込んでくる。

「まだ何も言ってないよ? 『寝不足』しか言ってないよ?」

「シャラップ! パスタ食え!」

 恵は赤面してキッと私を睨んだあと、焼き鯖を一切れお箸でとり、白米と一緒に食べる。

「まぁ、明日、女子会で教えてもらうから」

 ニコニコして言うと、恵は疲れたように肩を落とす。

「……朱里って結構、私の恋バナについて粘度が高いよね。もっとサラッとしてるもんだと思った」

「んー? だって、最愛の親友に好きな人ができたんだよ? 嬉しいじゃん。恵が男の人を意識してる姿、想像の百倍以上可愛いし、そういう姿を見られるのも嬉しい」

「そんなもんかねぇ……」

 恵はお味噌汁を飲み、漬物をコリコリと食べる。

「……まぁ、そこまで私の動向を気にしてくれているのは、ありがたいけど」

「恵がデレた!」

「そういうトコだよ」

 私が喜ぶと、恵はガクリと項垂れた。

「……春日さんと〝彼〟のその後も聞かないとだしね」

 恵に言われ、私は「うんうん」と頷く。
< 457 / 525 >

この作品をシェア

pagetop