部長と私の秘め事
「結構積極的にいってたから、もう何回かはデートしてるんだろうね。私、恋愛には疎いから〝普通〟が分からないけど、男って女からグイグイこられたら引くもんだと思ってた。自分がリードしたがる生き物っていうか……、そう考えていた所があったから」

 恵の言葉を聞き、私は頷く。

「〝彼〟みたいなスパダリ系って、自分から好きになった人にはグイグイいくかもしれないけど、逆に好きになられたら、様子を見ると思うんだよね。我々のオーナーみたいに、優良物件すぎて逆に誰を選んだらいいか分からない、むしろ不信感があるっていう人だと、春日さんみたいな人に迫られた場合『良さそうだけど、駄目だった場合、お互いの家柄的に大事故を起こしそうだから、じっくり見極めよう』ってなるんじゃないかな。うまく相性が合えば願ったり叶ったりだから、決して彼女のグイグイを嫌がる事はないと思う」

「そっかー。……っていうか〝オーナー〟って」

 恵はボソッと突っ込み、魚の続きに取りかかる。

 私はそんな彼女をパシャッと写真に撮り、ちょちょっと明度や彩度を弄って見やすくしたあと、周囲にモザイクをかけて涼さんに送っておく。

「何? 今の」

「オーナーに送っておいた」

「もおお……! そういう事をする奴はこうだ!」

 恵はパスタを巻いて口に入れようとしている私を激写し、同様にして恐らく尊さんに送る。

 その時、クスクスッと笑う声が聞こえて、私は目を瞬かせる。

 社食にいるんだから色んな人が談笑しているのは当然だけど、その声には嫌な感情が籠もっているように感じられたので、目立って聞こえたんだと思う。

 左右をキョロキョロして声の主を探すと、少し離れた所に、以前お手洗いで私に「ブス」と言った総務部の人たちを見つけた。

 彼女たちは明らかにこちらを見てヒソヒソ言い、嫌な笑い方をしている。

「どした? 朱里」

 食べる手を止めた私を見て、恵がいぶかしげに話しかけてくる。

「……ううん」

 平静を装ってパスタの続きに取りかかったけれど、彼女は私の視線の先を見て溜め息をついた。

「ああ、あいつらね。あんまり気にしたら駄目だよ」

「うん、分かってる」

「綾子さんも〝総務部のブス〟って言ってたし」

「んふっ」

 私は思わずパスタに噎せかけ、慌てて咳払いをする。

「朱里はそのまま、結婚して幸せになる事を考えな? 商品開発部のみんなには公認になってるし、その話も広まってると思う。……まぁ、だからああいうのが沸いてくると思うけど、全員から好かれる、応援されるなんてないからね?」

「うん」

 親友から冷静に言われると、胸の中に広がったモヤモヤとした黒い感情が収まっていく。

「朱里は複数対一の卑怯な状況で悪口を言われて、凄くムカついてると思う。最低限の事は言い返せたみたいだけど、トイレでのその状況はどう見ても公平じゃない。所詮、あいつらは自分たちが優位に立てるステージでしか大きい口を叩けないんだよ。もしみんなの見ている前なら、いい人ぶって『私、悪口なんて言いませーん』って顔をするに決まってるし」

 私はパスタを平らげ、サラダを食べながら頷く。

「綾子さんが言ってたけど、総務部では腫れ物扱いされてるみたいだし、周りの人も〝分かってる〟と思うよ。それにまともな人は『人の悪口を言う人と関わりたくない』って思うもの。……まぁ、ラッキーガールの朱里を羨ましく思う人はいるだろうけど、まともな人は攻撃なんてしない。それ以上になんとも思っていない人が多いだろうし、気にすんな」

「ん、ありがとう」

 不思議と、尊さんがここにいても同じ事を言っていると確信した。

 それだけ、私の側にいる人たちは考え方が大人なんだろう。

 だから、私も彼らの恋人、友達として情けない真似はしないでおこうと思えた。

 そのあと、私は総務部の彼女たちの事は気にしないようにし、恵と明日の女子会について楽しく話した。



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