部長と私の秘め事
『さて、適当に座って』
彼はキャスター付きの椅子の一脚に座り、私にそう促す。
『失礼いたします』
私は会釈してから腰かけ、深呼吸する。
それからポケットに手を入れてボイスレコーダーを出し、スッとテーブルの上に滑らせた。
『最初に申し上げておきますが、私は上村朱里さんのファンで、彼女と副社長の仲を応援しています。……業務の事でなくて申し訳ございません』
彼はボイレコを見て、『続けて』と促す。
『私は総務部所属の、西川紗綾と申します。上村さんには、社食でうどんの汁を被っていた時に助けていただいたご恩があります。その時から彼女を好ましく思い、陰からこっそり応援していました』
自分の彼女に、女性社員のファンがついていると知って、副社長はさぞ複雑な心境だろう。
おまけに声を掛けずに陰からこっそり……なんて、『もっと堂々と推せ』と思われても仕方がない。
気持ち悪いと思われるかもしれないけど、まず自分の情報をきちんと出さないと、私まで疑われてしまう事になる。
上村さんのファンとしては、それだけは避けなければならない。
『……なのですが、総務部の女性社員の中で、上村さんに嫉妬して彼女を悪く言う人たちが現れました。上村さんのように美人でイケメン副社長の秘書になった……となれば、一般的に考えて、ある程度なら嫉妬されるのは仕方ないかと思います。ですが、彼女たちの言動は常識の範疇を超えて目に余ります。……根も葉もない噂を捏造し、部署のお局の力も借りて拡散させようとしています』
『……具体的にはどんな内容かな?』
尋ねられ、私は心苦しく思いながらも打ち明ける。
『……上村さんが枕営業をして、副社長秘書の座に納まったとか、社長とも、前社長ともできている、一族をたらしこんだとか……。社外にも関係している男性が大勢いて、副社長は騙されているとか、……テンプレートな内容ではありますが、何も知らない人が真に受けたら厄介な内容だと思います。彼女は秘書ですので、万が一、商談相手の耳に届いたら、たかが噂と侮れない場合もあるのでは……と感じています』
『……ボイスレコーダーには、その証拠が?』
副社長はトンとテーブルを指で打ち、静かに尋ねてくる。
『はい。気分が悪くなる内容かと思いますが、ご確認いただけたらと思います。私としましても、仕事をする場で女子学生のような低レベルの会話をされ、暗鬱とした気持ちになっていますし、他の社員のためにもならないと思います。総務部のお局の斎木さんは以前にも部署内でいざこざを起こし、『もうしない』という条件でお咎めなしになっていたのですが、今回の主犯格である橘さん、南郷さんと一緒に嬉々として噂話をしています。上長も気づいているようではあるのですが、彼女たちは主に女子トイレなどで噂話をしているので、詳しく調査できていない状態です』
彼は少しの間何か考えたあと、『分かった』と頷き、ボイレコをスーツの内ポケットにしまった。
『せっかく新しい環境で働き始めた上村さんに悪影響を及ぼさないよう、何卒ご配慮をお願いいたします』
深く頭を下げると、副社長は『ありがとう』と言ってくれた。
『……それで、……私が通報した事は、誰にも言わないでいただけたらと思います』
視線を落として申し出ると、彼は『分かってる』と頷く。
『報告してくれてありがとう。上村さんにも、他の人にも決して言わない。しっかり調査した上で判断を出すから、西川さんは普通に過ごしていてくれ』
『はい。……ご多忙な中、お時間を割いていただきありがとうございました』
私は立ちあがると、ペコリとお辞儀をして会議室を出ようとする。
『西川さん』
『はい?』
ドアを開けようとした時、副社長に呼び止められて振り返る。
すると、彼は今までより柔らかな表情で言った。
『上村さんに目を掛けてくれてありがとう。彼女もきっと喜ぶと思う。もし良かったら、社食ででも声を掛けてあげてくれないか? 彼女自身は友達が少ないと思っているから、きっと喜ぶと思う』
『はっ、……はい~……』
推しに話しかけるなんてそんな怖れ多い! と思ったけれど、これで私は公式ファンになれたと思っていいんだろうか。
実際に行動するかは置いておいて、副社長に覚えてもらえたのはありがたい事だと思った。
それに推しを悪く言われたからムカついたのは確かだけど、ああいう人たちがいて部署内の空気が悪くなっているのは事実だから、ぜひ大掃除してほしい。
『では、失礼いたします』
私は笑顔で会釈し、会議室をあとにした。
**
彼はキャスター付きの椅子の一脚に座り、私にそう促す。
『失礼いたします』
私は会釈してから腰かけ、深呼吸する。
それからポケットに手を入れてボイスレコーダーを出し、スッとテーブルの上に滑らせた。
『最初に申し上げておきますが、私は上村朱里さんのファンで、彼女と副社長の仲を応援しています。……業務の事でなくて申し訳ございません』
彼はボイレコを見て、『続けて』と促す。
『私は総務部所属の、西川紗綾と申します。上村さんには、社食でうどんの汁を被っていた時に助けていただいたご恩があります。その時から彼女を好ましく思い、陰からこっそり応援していました』
自分の彼女に、女性社員のファンがついていると知って、副社長はさぞ複雑な心境だろう。
おまけに声を掛けずに陰からこっそり……なんて、『もっと堂々と推せ』と思われても仕方がない。
気持ち悪いと思われるかもしれないけど、まず自分の情報をきちんと出さないと、私まで疑われてしまう事になる。
上村さんのファンとしては、それだけは避けなければならない。
『……なのですが、総務部の女性社員の中で、上村さんに嫉妬して彼女を悪く言う人たちが現れました。上村さんのように美人でイケメン副社長の秘書になった……となれば、一般的に考えて、ある程度なら嫉妬されるのは仕方ないかと思います。ですが、彼女たちの言動は常識の範疇を超えて目に余ります。……根も葉もない噂を捏造し、部署のお局の力も借りて拡散させようとしています』
『……具体的にはどんな内容かな?』
尋ねられ、私は心苦しく思いながらも打ち明ける。
『……上村さんが枕営業をして、副社長秘書の座に納まったとか、社長とも、前社長ともできている、一族をたらしこんだとか……。社外にも関係している男性が大勢いて、副社長は騙されているとか、……テンプレートな内容ではありますが、何も知らない人が真に受けたら厄介な内容だと思います。彼女は秘書ですので、万が一、商談相手の耳に届いたら、たかが噂と侮れない場合もあるのでは……と感じています』
『……ボイスレコーダーには、その証拠が?』
副社長はトンとテーブルを指で打ち、静かに尋ねてくる。
『はい。気分が悪くなる内容かと思いますが、ご確認いただけたらと思います。私としましても、仕事をする場で女子学生のような低レベルの会話をされ、暗鬱とした気持ちになっていますし、他の社員のためにもならないと思います。総務部のお局の斎木さんは以前にも部署内でいざこざを起こし、『もうしない』という条件でお咎めなしになっていたのですが、今回の主犯格である橘さん、南郷さんと一緒に嬉々として噂話をしています。上長も気づいているようではあるのですが、彼女たちは主に女子トイレなどで噂話をしているので、詳しく調査できていない状態です』
彼は少しの間何か考えたあと、『分かった』と頷き、ボイレコをスーツの内ポケットにしまった。
『せっかく新しい環境で働き始めた上村さんに悪影響を及ぼさないよう、何卒ご配慮をお願いいたします』
深く頭を下げると、副社長は『ありがとう』と言ってくれた。
『……それで、……私が通報した事は、誰にも言わないでいただけたらと思います』
視線を落として申し出ると、彼は『分かってる』と頷く。
『報告してくれてありがとう。上村さんにも、他の人にも決して言わない。しっかり調査した上で判断を出すから、西川さんは普通に過ごしていてくれ』
『はい。……ご多忙な中、お時間を割いていただきありがとうございました』
私は立ちあがると、ペコリとお辞儀をして会議室を出ようとする。
『西川さん』
『はい?』
ドアを開けようとした時、副社長に呼び止められて振り返る。
すると、彼は今までより柔らかな表情で言った。
『上村さんに目を掛けてくれてありがとう。彼女もきっと喜ぶと思う。もし良かったら、社食ででも声を掛けてあげてくれないか? 彼女自身は友達が少ないと思っているから、きっと喜ぶと思う』
『はっ、……はい~……』
推しに話しかけるなんてそんな怖れ多い! と思ったけれど、これで私は公式ファンになれたと思っていいんだろうか。
実際に行動するかは置いておいて、副社長に覚えてもらえたのはありがたい事だと思った。
それに推しを悪く言われたからムカついたのは確かだけど、ああいう人たちがいて部署内の空気が悪くなっているのは事実だから、ぜひ大掃除してほしい。
『では、失礼いたします』
私は笑顔で会釈し、会議室をあとにした。
**