部長と私の秘め事
 お風呂から上がると、尊さんがバスルームに向かった。

 私はパジャマ姿でベッドルームにあるテレビをなんとなく見る。

 天気予報では普段見ない地域が紹介され、それだけでも興味深い。

 ボーッとテレビを見ていたけれど、私は溜め息をついてベッドの上に横になり、恵にメッセージを打ち始めた。

【明日、東京に帰る。お土産買って帰るね】

 すると少ししてから既読がつき、返事がくる。

【お疲れ様。宮本さん? どんな人だった?】

【いい人だった。元カノマウントとらないし、本当にいい人。尊さんとの話し合いも険悪にならなかったし、彼女の旦那さんも凄くいい人だった。来られて良かったと思ってるよ】

【その割にテンション低いじゃん。元カノを前にして色々考えちゃうの分かるけど、今は朱里だけなんだから、自信持ちなよ? 食いしん坊で燃費が悪いあんたを無条件に『可愛い』って言ってくれるのは、篠宮さんしかいないんだから】

「ふふ、燃費が悪いって」

 私は思わず呟き、笑う。

【時々、涼さんと篠宮さんの話をする事があるけど、彼が十年前に宮本さんを好きだったのは事実だけど、朱里ほど大切にしている人はいないって言ってたから、自信持ちな? もしも二人が運命の相手なら、離れても今頃くっついてるはず。でも宮本さんは広島で家庭を築いたし、篠宮さんはずーっとしつこく想ってた朱里をやっと自分のものにした。元カノと会って気持ちが揺らぐのは仕方ないけど、根本的なところをはき違えたら駄目だよ?】

【うん、そうだね】

 返事を返すと、恵は【はーっ】とキャラクターが溜め息をついているスタンプを送ってきた。

【朱里が今、どんな顔をしてるのか目に浮かぶよ。今は篠宮さんに甘えづらいかもしれない。疲れたならすぐ寝て、明日美味しい物を食べて帰っておいで。東京に戻ってきたらいくらでも話を聞くから】

【ありがとう】

 私はキャラクターが回転しながら、投げキスを飛ばしまくっているスタンプを送る。

 その時、尊さんがバスルームから出て来た。

 ドキッとしていると、喉を鳴らしてミネラルウォーターを飲んでいる彼は「ん?」と私を見る。

「そうだ、朱里。提案なんだけど、明日、朝早く起きて厳島神社に行かないか? 朝食ビュッフェは六時半からで、神社もそれぐらいから開いてる。レンタカーにするか、タクシーにするかはあとで決めるとして、車だと片道一時間少しで行けるらしい。観光するつもりで、飛行機は午後の便にしてるし、どうだ?」

「いいですね。行ってみたいです」

 私はパッと笑顔になって頷く。

 行きたかったのは事実だし、観光して忙しくしていれば、悩む時間も減ると思った。

「よし、じゃあ早めに寝るか」

 尊さんはスマホのアラームをセットし、充電しつつ枕元に置く。

「……尊さん、そっち行っていい?」

 ギュッと拳を握って尋ねると、彼はフハッと笑ってまたベッドを叩いた。

「来いよ。一緒に寝よう」

 そう言われ、私は自分の枕を持って隣のベッドに移った。

「お邪魔します」

 モフモフと枕をセットしてから横になると、尊さんは「ん」と言って手を伸ばし、照明を落とす。

「くっついていい?」

「いつも遠慮無く、くっついてるくせに」

 尊さんは小さく笑い、私を抱き寄せた。

「…………しゅき……」

 私はうめくように言い、ギューッと彼を抱き締める。

「苦労かけたな。……夏目さんの事を好きだと言ってくれたし、その生き方を尊敬すると言った気持ちは嘘じゃないだろうけど、それで済まない想いもあると思う。今回で〝終わり〟にしない方針になったけど、しばらくはお互い触れずにいたほうがいいと思う。……改めて、年末になった時に年賀状を送ってもいいか考えよう。とにかく、今はもう彼女たちの事を考えなくていい。全部終わったんだ」

「……うん……」

 尊さんはすべて終わって〝区切り〟をつけたから、凜さんの事を〝夏目さん〟と言ったんだと思う。

 もう人妻になった女性なのに、いつまでも付き合っていた頃のまま、「宮本」呼びは確かに良くない。

(でも〝夏目さん〟なんて、呼び慣れないって思ってるくせに)

 私だって今聞いて戸惑ったんだから、尊さんは物凄くよそよそしいと感じているに違いない。

 それでも、尊さんはこれで過去にケリをつけた。

 分かっているけれど、ひねくれてグチグチになった私は、彼が〝夏目さん〟と呼ぶ事だって、「私を慰めるために、わざとそう言ってるんじゃないか」と疑ってしまっていた。

 そんな狭量な自分が嫌で仕方がない。

「……ごめんなさい」
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