部長と私の秘め事
 そろそろ準備を……、という時間になる頃、私は先に髪をまとめていた。

 すると着付師のマダムが二人部屋を訪れ、挨拶をする。

 スイートルームの隅には浴衣の入った箱があり、ドキドキしてそれを開けると紺地に白、水色で朝顔が描かれた浴衣が入っていた。

 帯は白で涼しげなターコイズブルーの帯留めもある。

「さあ、着付けますよ」

 百戦錬磨っぽいマダムに微笑まれると、尊さんは「二階に行ってます。できたら呼んでください」と言って席を外した。

「お客様はお胸が豊かなので、着物用の下着でボリュームダウンしましょうね」

 そう言って渡された白い着物用ブラは、センターにファスナーがついていて着脱しやすい。

 事前に尊さんが手配してくれたそれは、丁度……、なんというかサイズもぴったりで、私の胸を見事になかった事にしてくれた。

 その上にサラッとした生地のキャミソール、ペチパンツみたいなのを穿いたあと、レースの足袋を穿いて浴衣の着付けが始まった。

 素人の私だったら、遠慮して力を込められないところを、グッ、グッと締めてくれ、実に頼もしい。

 あっという間に浴衣を着付けられたあと、マダムたちは尊さんを呼ぶ。

 すると既に、肌襦袢とステテコを穿いた尊さんが降りてきた。

 作務衣の全身白バージョンみたいな感じなので、思わずこんな感想が漏れる。

「修行僧みたい」

「滝行するか」

 そんな事を言っている間、尊さんは黒い縦縞の浴衣に、ベージュっぽい献上柄の角帯を締められていた。

「これ、ハンドメイドの一点物」

 最後に尊さんはそう言って、花嫁さんがつけるようなゴージャスな白いお花の髪飾りをつけてくれた。

「わぁ……」

 鏡の前に立った私は、横を向いたりして浴衣姿を確認し、ニヤニヤする。

「下駄はこれ」

「わぁ……! 綺麗!」

 出されたのは小町下駄と呼ばれる形の下駄で、側面には美しい花の彫り物(しかもカラー)が施されている上、鼻緒にもカラフルな花模様が刺繍されている。

「お高かったでしょう~?」

 テンションが上がったあまり、テレビショッピングみたいな事を言うと、尊さんは半分笑いながら「今ならなんと!」と乗ってくれた。

 マダムたちは微笑んでそのやり取りを見守ってくれていた。

「ありがとうございます」

 尊さんは彼女たちにお礼を言い、料金を支払う。

 マダムたちが出て行ったあと、私は恵を思って呟いた。

「恵たちももう準備できたのかな」

「彼女たちに順番にやってもらう約束をしてるから、多分もう終わってるんじゃないかな」

「ふーん。ならすぐ会えますね」

 そのあと私はニヤニヤして、浴衣姿の尊さんを写真に収め始めた。



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「恵ちゃん、可愛いねぇ~」

 目の前にクネクネがいる。

 世にも美麗なクネクネは、古典柄のベージュの浴衣に黒い角帯を締め、シルクの西陣織の段巻(だんまき)のついた、黒いかぎ編みのパナマハットを被っている。胡散臭い。

 先ほど着付けのマダムが二名来て、私と涼さんをあっという間に着付けていった。

 私の浴衣は向日葵柄で、紺地に華やかな黄色が映えている。

 帯はえんじ色で、白っぽいガラスの帯留めもついていた。

 涼さんは「仕上げだよ」と言って、ハンドメイドらしい綺麗な向日葵の髪飾りを私につけ、それから一人でテンションをぶち上げて撮影会に入っている。

「早めに行かないと、混雑するんじゃないですか?」

 そう言うと、涼さんは「おっと、そうだね」と我に返り、私にアイボリーの巾着袋を渡してきた。

「貴重品だけ入れて」

 涼さんは黒地に鳥獣戯画の柄がついた、紐のショルダーバッグをかけると、下駄を履く。

 靴擦れしないように、私はレースの足袋を用意してもらっていて、少しホッとした。

 ドアトゥドアの移動であっても、靴擦れして迷惑を掛けるのは嫌だったから。

「お嬢さん、お手をどうぞ」

 涼さんに手を差し伸べられ、私はおずおずと彼の手をとると、白木に赤い鼻緒がついた下駄を履く。

「朱里、どんなの着てるかな。楽しみだな」

 そう呟くと、涼さんは「俺は……?」と困惑した顔をしたのだった。



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