部長と私の秘め事
「恵、可愛い~!」

「朱里……、イイ」

 ロビーで集合した私は、浴衣姿の恵を見てキャッキャとはしゃぐ。

 恵も私を見てにやついていて、彼女の背後で寂しそうな顔をしている涼さんが可哀想だ。

「すみません、記念撮影してもらっていいですか?」

 ホテルスタッフさんに頼むと快諾してくれ、それぞれのカップル、女子たち、四人集合で撮ってもらった。

「男子同士はいいんですか?」

 私が写真を確認しつつ言うと、尊さんはげんなりして答える。

「何が嬉しくて野郎とのツーショットを……」

 涼さんは、そんな尊さんの肩を抱き、「はい、尊」とセルフィーで写真を撮った。

 こういうところ、生まれ持っての陽キャって感じるな。

 そのあと私たちはエレベーターで地下へ向かい、上条さんが運転する車に乗って向島へ向かった。





 向島までは、混んでいなければ三十分ぐらいの道のりだけれど、多めに見積もって一時間をとっていたので、料亭の予約時間には十分間に合った。

 向島は二丁目から五丁目までが花街(はなまち)(または『かがい』)とされ、芸者さんのいるお店が建っている。

 江戸時代、向島は川沿いにお茶屋さんや料理店があり、また桜の名所であった事から、お偉いさんたちがお気に入りの芸妓を連れて遊びに来た土地と言われているそうだ。

 花街は芸者さんがいる料亭、お料理がメインの割烹料亭、芸者さんたちが暮らしている置屋(おきや)、その辺り一帯の組合事務所である見番(けんばん)で成り立っている。

「わぁ……、なんかドキドキする」

 お店の前には家紋のついた暖簾がかかっていて、着物を着た女将さんが迎えてくれた。

「三日月さま、ようこそいらっしゃいました。お連れ様もようこそ」

 品のいい女将さんに私と恵はペコペコ頭を下げて挨拶し、二階にある個室に案内される。

 ザ・和室という感じの部屋は畳敷きで、昔ながらの砂壁、床の間にはわびさびを感じさせる生け花に掛け軸、障子の窓がある。

 漆塗りのテーブルと座椅子があったので一瞬ギクッとしたけれど、掘りごたつになっていたので安心した。

 テーブルには紙のランチョンマット的な物が敷かれ、おしぼりやお箸などが用意されてある。

 席に着いたあと飲み物を注文する事になり、全員とりあえずビールから始める事にした。

 乾杯したあと、先付である花咲蟹と冷やし野菜が運ばれてくる。

 甘いフルーツトマトに白だつ、椎茸に姫もろこし、アイスプラントに食用花の花穂(かすい)

 白だつとは海老芋や里芋の葉柄(ようへい)で、別名ずいきとも呼ばれている。陽に当たらないように育てられているので〝白〟がつくんだそうだ。

 アイスプラントはシャクシャクした食感で面白く、全部柚子味噌ドレッシングとの相性がいい。

「おいひ……。涼さんは花街によく来るんですか? 芸者さんとしっぽりやってるんです? ボンボンのお遊びって感じですね」

 恵が料理の感想を言いながら、結構ぶっ込んだ事を言うので、可哀想に涼さんはビールに噎せている。

「恵ちゃん!? 嫉妬にしては、かなり辛辣だね!?」

「別に嫉妬してませんよ」

 彼は相変わらず塩対応の恵を見て溜め息をついたあと、ポリポリと頭を掻いて言う。

「接待で利用させてもらってるだけだよ。顔利きも三日月家の息子だからっていうのもあるしね。ちなみに尊も来た事あるよ」

「おま……っ」

 被弾した尊さんが、ギョッとした顔で涼さんを見る。

「ほーぅ……。尊さん、芸者さんの帯をグルグル引っ張って、お代官様やったんですか……。さすがエロ代官ですね」

「やめろ……。ホラ見ろ、こうなる。涼、誤解を与える事を言うな」

「俺たちマブダチだろ~? 打ち上げ花火になる時は一緒だよ」

「面白い事言ったつもりか」

 その間も次の旬菜が運ばれ、六つの小鉢に入った一口サイズの料理が並ぶ。

 美味しいお出汁のチンゲン菜とメンマの煮浸し、トロリとした焼き茄子にとろろを掛け、おろし生姜をちょんと載せたもの、赤いくこの実と湯葉が載った枝豆豆腐も絶品だ。

 豆アジの南蛮漬けには和風タルタルソースが掛かり、刻んだ小梅が混ざっているご飯の小さなお稲荷さんもあった。

「私たち心が広いので、美味しいご馳走があれば、尊さんたちがしっぽりしてても『ふーん』としか思いませんよ。『ふーん』って」

「朱里……。面白がってるだろ……」

 がっくりと項垂れた尊さんに言われ、私はケタケタ笑う。
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