部長と私の秘め事
「何でもできて凄いですね」

「慣れれば普通だよ」

 彼は事もなげに言い、浴衣と帯を箱にしまうと、自分の角帯に手を掛ける。

 ……と、私が見ているのに気づいて、ニヤリと笑った。

「何見てるんだよ。ドスケベ」

「なっ……、なんだとう!」

 ドスケベの称号をいただいた私はカーッと赤面し、ソファに座るとクッションを抱えて顔を半分隠す。

 尊さんが浴衣を脱ぐ姿はとてもエッチで、帯を解く姿も浴衣を脱ぐ姿も、鼻血ものだ。

 白い肌襦袢姿になった彼を見て、私は照れくささを誤魔化すために冗談を言う。

「二人で修行僧みたいですね」

「悟りを開くしかないな」

「んひひ」

「帰る前にホテルに連絡して、風呂のお湯を貯めてもらっていたから、上行くぞ」

 ナチュラルに一緒にお風呂に入る体で言われ、私は照れながらも頷く。

 尊さんは冷えたお水を持ち、二人で階段を上がって二階へ上がる。

 私がメイク落としをしている間、尊さんは歯を磨いてから、気を遣って先にバスルームに入って髪や体を洗い始めていた。

(夢みたいな週末が明日で終わっちゃうな。それで来月は、速水家の皆さんで温泉か。そっちも楽しみ。こうやって贅沢なお楽しみを用意してもらえているの、ありがたいなぁ。なんか〝お礼〟しないと)

 そう思った私は、昨晩恵が自分を差しだすしかできないと言っていたのを思いだし、結局は自分も同じだと感じる。

 付き合う前はともかく、尊さんは決してエッチに対してガツガツしていない。

 一度始まったら激しく求めてくれるけれど、高価なプレゼントを贈ったから、高級レストランでご馳走したから抱かせろなんて、一回も言っていない。

(そういうの、涼さんと同じでモテる上にお金持ちな男性の余裕なのかな)

 クレンジングでメイクを落としたあと、ザブザブと顔を洗いつつ、私は昭人の事を思いだしていた。

 多分もう顔を合わせる事はない人だけれど、彼の事を考えるだけで気持ちが重たくなる。

(私が昭人の人生を狂わせてしまったんだろうか)

 昭人にとって、何をしても靡かず本心を見せなかった私は、唯一〝攻略できなかったもの〟なのかもしれない。

 結局私は、ご家庭を持っているお兄さんへの劣等感を癒すための、お飾りの彼女でしかなかったけれど、昭人は恋人とラブラブで過ごしてお兄さんに当てつける事にも失敗してしまった。

(相良加代さんにもフラれた訳だし、社内で色んな女性に手を出していたのもバラされた訳だけど……)

 自業自得ではあるけれど、直接の影響下から逃れた今、なんだか少し彼が気の毒に思える。

 彼は割と恵まれたスペックを持っていたのに、自分で自分を幸せにする方法を見つけられなかった。

「……尊さんみたいに打ち込める趣味とか、ネガティブな感情を癒す手段を探す事ができていたら、昭人も道を踏み外さなかっただろうに……」

 歯磨きを終えた私は、鏡に映る自分を見つめてポツリと呟く。

 鏡の中の私はまだ少し顔を赤くしていて、胸元まで赤く染まっている。

「考えない、考えない」

 私は自分に言い聞かせ、髪をクリップで纏めると、バスルームのドアを開けた。

「突撃! 隣のバスルーム!」

「……撮影は勘弁してくれ……」

 もう浴槽に浸かってこちらに背を向け、夜景を見ている尊さんがげんなりとして言う。

 私はケタケタと笑ったあと、今日のお食事の美味しかった物を報告し、芸者さんたちや花火の感想を言いながら髪を洗い始めた。

 すべて洗い終えて「お邪魔します」と尊さんの隣に収まると、ペットボトルのお水を飲んで彼の肩に頭をのせる。

「今日、ありがとうございます。夢みたいだった」

「来年もどっか特等席で花火見ような」

「はい」

 返事をした私は、尊さんの頬に手を添えるとこちらを向かせ、「ん」とキスをする。

「……賄賂」

「……デザートを忘れてた」

 彼は囁くように言うと、私の肩を抱いて深く口づけてきた。

「ん……、は、…………ん、んぅ……」

 温かなお湯に包まれ、まだ酔いが残っている状態で、私はフワフワした心地で甘美なキスを味わう。

「……だっこ」

 唇を離してねだると、尊さんはクスッと笑って私を向かい合わせに膝の上にのせる。
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