部長と私の秘め事

営業部ラプソディー

 午前中に尊さんと外出し、お昼に帰社して社食へ向かおうとした時、廊下で久しぶりに六条さんと会った。

「おっ、上村久しぶり」

「あーっと、六条さんお久しぶりです。飴ちゃんいる?」

「要らんわ」

 彼はケラケラと笑ったあと、しみじみと私を見てくる。

「しかし、本当に秘書になったんだなぁ……。どこから見ても、フツーの上村だけど」

「秘書になったからって、第三の目が開く訳じゃないんですから」

「ははは! 翼と尻尾が生えたりして」

「もー、人をなんだと思ってるんですか」

「えー? シゴデキ有能美人秘書?」

 六条さんはわざとらしく言って、ニヤニヤする。

「くゎーっ! ハードル上げるなぁ、もぉ!」

 眉間に皺を寄せると、壁に寄りかかった六条さんは、愉快そうな顔で私を見る。

「……なんですか。極上の笑いは提供できませんよ?」

「いや、明るくなったなー、と思って」

 そう言われ、私は目を瞬かせる。

「前はもうちょっとツンとしてただろ? うちの部署でも『クールビューティーの上村さん』って呼ばれてたし」

「えぇ……、初耳です」

「ま、いい変化だと思うよ。……しかし、あの速水部長と付き合って、こんなに明るくなるとは思わなかったけど。あの人、結構クールで大人っぽい感じだろ」

「ん、ま、まぁー……、うーん……」

 今この場で尊さんについて話そうとしても、すべてを言い切れない。

 そもそも、彼がどんなバックグラウンドを持ち、どういう性格になったというのを、たやすく他人に話していいものじゃないし。

 言いよどむと、頭のいい六条さんはすぐに察したみたいだ。

「勿論、彼女の上村にだけ見せてる面はあるって承知してるよ。俺たちにとっては、ちょっと近寄りがたい雰囲気の部長……、いや、副社長だけど、上村がこんなに明るくなったっていう事は、それだけいい付き合いができてるんだと思うし。きっとイケメンで仕事ができる男は、プライベートでもいい恋人なんだろ?」

「……分かってるじゃないですか。……やっぱり飴ちゃんいる?」

「要らねーって」

 六条さんがケラケラ笑った時、「いた!」と女性の声がした。

 怒ったような声だったので驚いて振り向くと、沙根崎星良ちゃんがツカツカと歩み寄って来るところだ。

「六条さん、前触れもなくフラッといなくなるの、やめてくださいよ」

「おー、悪い。昼になったし、自然と飯になる流れかな? って」

「午後の打ち合わせもあるんですから。『ホウレンソウ』が大事だって言ったの、どこの誰ですか」

「ごめんごめん」

 星良ちゃんは小柄で細身なので、高身長の六条さんと並んでいる姿は、まるでチワワとハスキー犬のようだ。

 彼女は「はぁ……」と大きな溜め息をついたあと、私にペコリとお辞儀をした。

「上村さん、すみません。うちの六条がお引き留めして」

「いえいえ。こっちこそ久しぶりに話せて楽しかったので、沙根崎さんが待っていると知らずにごめんね?」

「いえ、お気にせず。さぁ、六条さん行きますよ」

「はいはい」

 二人が立ち去ったあと、気を取り直して社食に行こうと踵を返すと、物陰から覗いてる恵と目が合った。

「うぉっと!」

 驚いた私は足を止め、しばしそのまま恵と見つめ合う。

「チョッチョッチョッチョ……」

 その場にしゃがんで舌を鳴らし、小さく指を動かすと、曲がり角の向こうから恵が突っ込んできた。

「猫じゃないっつの!」

「あはは!」

 私は曲がり角まで歩くと、「捕まえた!」と恵の頬を両手で包んだ。
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