部長と私の秘め事
「お腹空いた!」

「朱里の『お腹空いた』は、もう鳴き声だよね……」

「鳴き声でその日の体調が分かる、飼育員中村……」

「任せろ。一発で見抜いてやる」

 軽口を叩き合いながら廊下を歩いていたけれど、恵がチラチラとこちらを見てくるので、「ナンダヨー」と彼女の脇をツンツンする。

「……さっきの二人、気づいてなかった?」

 意味深に言われ、私のなけなしのアンテナがピンと立つ。

「もしかして、あの二人付き合ってる?」

「違う! 座布団全部持ってって!」

「そんなぁ……」

 私は姿の見えない、赤い着物を着た男性に縋ろうとする。

 恵は溜め息をついたあと、私を肘で小突いてくる。

「どう見ても、六条さんって朱里に気があるでしょ。今は篠宮さんと付き合ってるって分かったから、前みたいに壁ドンしなくなったけど、ああいうのって何とも思ってない女子にはしないだろうし。……実際、営業部の友達に聞いたら、六条さんって他の女子に朱里にするようなスキンシップ、しないってよ」

「えぇ……」

 まさかの〝六条、上村が好き説〟が浮上し、私は困惑する。

「私もこういう、『六条さん、朱里の事が好きみたいだよ』なんて、学生の女子が言いそうな事を言いたくないんだけど。……あまりにも朱里が気づいてないもんだから、ちょっと心配になって」

「そっか……」

「六条さん、頭のいい人だから、篠宮さんがいると分かって下手な事はしないと思う。……ただ、彼の気持ちを知る事で、朱里ができる事はあるんじゃないかな」

「……今までみたいに話さないほうがいい?」

「いやー、それはどうだろ。失恋して朱里の顔を見るのもしんどいなら、今みたいに話しかけてこないと思う。六条さんは失恋すると分かってても、朱里と今までみたいに軽口叩いて過ごしたいんじゃないかな。気持ちのケリは自分でつけるから、他人の力は借りたくないっていうか。……それに、朱里に変に気を遣わせるのも嫌うタイプっぽいし」

「……じゃあ、私ができる事ってなくない?」

「んまー、そうなんだけどさ。……ただ、沙根崎ちゃんがどう出るかな……、と」

「星良ちゃん?」

 私は彼の後輩の名前を聞いて目を瞬かせる。

「見ての通り、沙根崎ちゃんは六条さんの事、めっちゃ好きじゃん」

「え、知らなかった」

「マジか……。こんなに鈍感な女がいていいのか……」

 社食に着いた恵は溜め息をつきながら、今日の日替わり定食のボードを見る。

「アカリは色恋に疎い。アカリに恋愛は分からぬ。しかしアカリは社食メニューには人一倍敏感であった」

「今すぐ走って来い」

『走れメロス』ネタをすると、恵が安定の突っ込みをしてくれる。

「っていうか、恵って涼さんの前じゃ、恋愛経験ゼロ子みたいな扱いじゃない。なのにどうして私より他人の色恋に敏感なの?」

 そこが不思議でならない。

 私が他人の色恋に鈍感なのは、基本的に人に興味を持ってないからだ。

「誰と誰が付き合ってるんだって」と言われても、その人が自分の好きな人でない限り、私にはまったく関係ない。

 芸能人の結婚や不倫とかと同じで、私が感情を動かす必要は一ミリもない。

 仮に社内の知ってる人が犯罪を犯して捕まったとかだと、多少はガッカリするかもしれないけど。

「言っとくけど、私の側には恋愛マスター綾子さんがいるからね」

「あっ、そっちか! 大盛りキノコクリームパスタ!」

「流れるようにメニューを決めるな。夏はせいろ蕎麦だな」

「恵こそ~」

 私たちはキャッキャしつつ、食券を買ったあとトレーを手にして列に並び、先ほどより声を潜めて続きを話した。

「沙根崎ちゃんはまじめな分、思い詰める傾向があるらしいから、ちょっと心配で……。あの子、ずっと好きな人の片想いを見せられてきた訳じゃない? 彼の想いがもう叶わないって分かった以上、どんな行動にでるか分からなくて、ちょっとハラハラしてる。営業部に配属された同期くんも、最近の沙根崎ちゃんを見て『ピリピリしてる』って言ってたし」

「マジか……。知らずに過ごしていて申し訳ない」

 私はスプーンとフォークをトレーに置き、溜め息をつく。

「別に気づかなかった事を罪とは言わないし、あの子のために気を利かせろとも言わないけど。……ただ、あんまりにも気づいてなかったから、もうちょっと自分の立場を理解したほうがいいと思って、口出ししてしまった。すまん」

「や、逆にありがとう。このままだったら、人を傷つけかねなかったと思うし」

「朱里は意図的に誰かを傷つける子じゃないけどね。……でも色恋になると、人って盲目的になって、どんな行動をするか分からんから、あえて教えておこうと思った」

「うん、ありがと」

 そのあと私たちはいつも通りランチをとり、お喋りを楽しんだ。



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