部長と私の秘め事
『沙根崎っていつも、ここにシワが寄ってるよな』

 六条さんはそう言って、私の眉間にトンと指先を置いた。

 そしてそこをスリスリと撫でてくるので、驚いた私はパシッと彼の手を払った。

『……何するんですか』

 男性にこんな事をされた経験がないので、シンプルに驚いた。

『あ、悪い。距離感が近いって言われるんだよな。勝手に触ってすまん』

 彼はクシャッと笑い、その笑顔を見ると怒る気持ちも失せてしまう。

『……一体何なんですか』

『沙根崎って、〝舐められて堪るか〟って思ってるだろ』

 微笑んだ六条さんに言い当てられ、ドキッとした。

『そんな事……』

『表情や態度に出てるんだよ。女性社員に対しては友好的に接してるけど、男が相手になるとムッとした顔をして、自分の弱みを絶対に見せないって雰囲気を発してる』

 図星を突かれた私は黙り込む。

 六条さんはウィスキーの水割りを飲み、溜め息をついてから言った。

『俺が沙根崎の気持ちを〝想像〟するっていうのも、失礼な話だし嫌がると思う。……その上であえて〝想像〟するけど、小柄で〝可愛い〟って言われる事で、過去に嫌な想いをしたか? それとも男に嫌な事をされた?』

 言い当てられた私は、嫌な記憶を思いだす。

 唐揚げをバクッと食べてモグモグ噛んでいると、六条さんは椅子に寄りかかって言った。

『女性って嫌な目に遭いやすいよな。大人しかったら〝可愛い〟、自分の意見をハッキリ言うなら〝生意気〟と言われる。どれだけ勉強して活躍したいと思っても、男たちから圧力を受けてなかなか上にいけない。上昇志向のある沙根崎みたいな人が、俺みたいなタイプを嫌うのは仕方ないと思ってる』

 まさにその通りな事を言われ、私は何も言えずに唐揚げを咀嚼し続ける。

『気持ちは察する。〝分かる〟とは言わない。……だが、少なくとも俺は沙根崎を害してないと思う。沙根崎が抱えている怒りと、俺への態度は切り離してくれないか? 俺だけじゃない。普通に接してる同僚みんなにもだ』

 反論できない事を言われ、私はうめくように尋ねる。

『……クレームがあったんですか?』

『いいや? ……ただ、このままじゃ将来的に沙根崎の立場が悪くなる。今は可愛い新人で済ませられていても、人は自分に敵意を持つ者を遠ざけようとする。人付き合いは鏡だ。沙根崎がツンツンしていたら、相手も同じような対応をして、やがてお前は孤立する』

 私は溜め息をつき、沈黙した。

 それは自分でも感じている。

 二十三歳の今なら、まだ『血気盛んな若造が言う事だから、多少無礼でも許してやろう』と思われているだろう。

 でもアラサーになり、結婚しないまま三十路を越えてもこのままなら、〝嫌われ者の沙根崎〟として鼻つまみ者になっているかもしれない。

 男性に好かれたいなんて思わない。

 けど、せっかく希望した大企業に入れたのに、上手く人と接する事ができずに孤立していくなんて嫌だ。

 それで活躍できる機会を失うとすれば、最悪だ。

 私は黙り込んだまま、テーブルの上に視線を落とす。

 六条さんも私の返事を待ち、居酒屋の陽気なBGMがやけに空しく響く。

 彼は私を責めているんじゃなくて、助けようとしてくれているんだ。

(ここで意地を張ったら、六条さんにも見放されるかもしれない。誰もが注意したくて、こじれるのを嫌って言えずにいる事を、彼は私のためを思って忠告してくれている)

 自分の弱さを認めるのは、恐い。

 間違えている事を認めるようで、とても恥ずかしいし、屈辱的だ。

 でも分かってる。

 ここで生き方を修正できない人は、自分が間違えていると自覚できないまま、周りの人に嫌われていく。

 上辺だけ話を合わせてくれる人と付き合い、その人たちに裏では悪口を言われ、勘違いしたまま生きていく。

 自分でも心のどこかではまずいと思っているのに、意地を張ったまま修正できずに歳をとってしまう。

 なら、早いうちに『私は間違えています』と認める勇気を持たなくちゃ。

 私は小さく口を開き、言葉を発そうとして息を吸い、なかなか言えずに溜め息をつく。

『頑張れ。自分の思ってる事を言ってみろ。俺は笑わないから』

 六条さんに励まされ、張り詰めていたものが決壊した。

 私はポロッと涙を流し、声を震わせて告白する。
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