部長と私の秘め事
『……意地を張るのをやめたいです。……でも、意地を張らないと弱い自分を守れないんです。…………初めての彼氏は、さんざん私の事を〝可愛い〟って言ったくせに、いざ付き合えば私が可愛げのない女だと分かって、……媚びるのが上手い友人と浮気したんです。怒りを叩きつけたら〝見た目詐欺〟だって言われました。背が小さくて童顔なら、穏やかな性格をして男を立てないとならないんですって。バカみたい』

 私は二度と会いたくない男の顔を思い浮かべ、鼻で嗤う。

『だから、人を見た目で判断する男は嫌いですし、〝女子〟を武器にする女も嫌いです。でも無理に髪を短くして、いつもパンツスタイルにするとか、本来の自分を偽るのも嫌なんです。私はロングヘアが好きだし、メイクだって好きです。でも媚びてる訳じゃない。自分が好きだからそうしてるだけ。……なのにいつも、〝こんな可愛い子を彼女にできたら鼻が高い〟とか、…………っ、お前のためにやってんじゃねーよ!』

 私は拳でドンッとテーブルを叩く。

 感情を爆発させたあと、私はしばらく荒くなった呼吸を整えていたけれど、取り乱したと自覚して『すみません』と謝った。

『……〝可愛い〟と言われるのが褒め言葉なのは分かっています。褒めてもらえるのは嬉しいです。色んなケアを頑張っていますから。……でも〝可愛い〟と言われたくない自分もいるんです。……そんなものより、私が努力している事をちゃんと認めてほしい。無駄にガリ勉してきた訳じゃないんです!』

 ずっと押し込めていたものを爆発させた私は、自己嫌悪で荒れ狂っていた。

 感情的になって泣き、声を荒げて主張するなんて、私の求める〝大人の女〟からかけ離れている。

 絶対に、こんな女にはなりたくないと思っていたのに――。

『本音を教えてくれて、ありがとな』

 六条さんにフワッと受け止められ、私はクシャリと表情を歪める。

『今まで誰かに訴えたくても、なかなか言えなかった思う。男からは〝可愛い〟って褒めてやってるのに、何が不満なんだ? って言われるだろうしな。……そんな俺も、自慢じゃないけどよく〝格好いい〟って言われる』

 彼は自分を指さし、ニカッと笑う。

『……なんの自慢ですか』

 私はバッグからティッシュを出し、ずびー、とかむ。

『〝格好いい〟って言われると嬉しいけど、それじゃあ俺がどれだけ仕事ができるか、そのためにどんな努力をしてるかは伝わんねーよな、って思う。だから、沙根崎の気持ちは分かるよ。むしろ俺、取引先のお偉いさんが女性だと〝枕やってんじゃないか?〟って陰で言われてる。あはは!』

『何ですかそれ!』

 彼の化け物並みのリサーチ力、コミュニケーション能力を知ってる私は激怒する。

『まぁ、怒るなって。嬉しいけど。もう、そういうのは慣れてんの』

『慣れていい事じゃないでしょう! まじめにやってる仕事を侮辱されてるんですよ!?』

 私はまた拳でドン! とテーブルを叩き、力説する。

『うんうん、ま~、そいつら雑魚だしな? 逆立ちしても俺に勝てないから悔し紛れに言ってるの、バレバレだから相手にする必要もない。そんな噂を聞いても、真に受けるやついないし』

 六条さんは自信たっぷりに言い、そんな様子を見て気が抜けてしまう。

『……六条さんは悔しいとか、ドロドロした感情は持たないんですか?』

『あるよ? 人間だから当たり前じゃん。でも〝悔しい〟って言ったからって契約とれる訳じゃないだろ。誰にも迷惑をかけないように悔しがったあと、どうやって挽回できるか考えて、次は失敗しないようにする。……あと、足を引っ張る奴は、考えるだけ無駄だな。放っておいても自滅するから、相手にする必要ないんだよ』

『……まぁ、他人の悪口を言う人って嫌われるのが道理ですけど。……でも、不愉快でしょう』

『不愉快だけど、注意して直るもんなら、とっくにどうにかしてるよ。っていうか、陰口叩かれてるって気づいてないふりをして、ニコニコ笑顔、優しくして、ポジティブ全開で絡んでたら、とうとう根を上げて謝ってきたから面白いぜ』

『うわぁ……』

 私はとんでもない化け物を前に、ドン引きして顔を引きつらせる。

『こういう事されたら、凄い嫌だろ?』

『嫌です。近づきたくないです』

 私は表情を歪めたまま、コクコクと頷く。

『沙根崎の場合も、それと同じ。……お前、なんでも顔に出やすいから、相手も面白がってチクッと嫌みを言ったり、からかったりするんだよ』

 そう言われ、ハッとした。

『沙根崎の嫌いな〝愛想振りまき女子〟みたいに、無理にニコニコしろとは言わない。でも、嫌な事を言われても笑えるようになっておけよ。それができれば営業でも絶対に役に立つ。人間、取り乱したほうが負けなんだ。裏ではどれだけ怒っても、泣いても、悔しがってもいい。でも本音を見せるのは、ごく一部の人の前にしとけ』

『……できるでしょうか』

『やるんだよ。世の中、やらないと勝てない時がある。モノじゃなく、ヒトを相手にした時、最も警戒すべきなのが自分の感情だ。冷静さを失えば、正常な判断ができなくなるし、人を客観的に見られなくなる。感情論で人を見るんじゃなくて、相手が身を置く環境から人間関係、振る舞いや言葉遣いから、どうやって育ったかを想像し、分析する癖をつけろ。そうすれば、相手がなぜそう言っているのか理解できる』

 とても大切な事を教えられている気がして、私は真剣に六条さんの話を聞いた。
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