部長と私の秘め事
「尊さんこそ、知ってるじゃないですか~!」

「いや、大学生の時に涼がノリノリで歌ってたんだよ。だけど、四十八手の名前なんて出てこなかったけど?」

「あれ? おかしいな。友達のお姉ちゃんは、間奏の時に四十八手を言ってたんですよね。……あれ、もしかしてアドリブだったのか……!?」

 今になって気づいた私は、彼女ならやりかねないと考え直す。

「……誤った覚え方をしていました」

「子供の頃から愉快な人に囲まれてたんだな」

 尊さんはローションを流すと、「ちゃんと温まれよ」と私の体をシャワーに当てる。

「ロールスロイスとか駅弁ができるように、精進したいと思います」

 真剣な表情で言うと、尊さんは声もなく笑い崩れる。

「お前、変なところで真面目だよなぁ……。おっかし……」

「まずは背後への抵抗感を、なんとかするところからですね」

 愛し合っている途中、二回戦でバックの体勢になったけれど、昭人が好んでいた体位だと思い出し、何となくテンションが低くなってしまい、尊さんに迷惑をかけた。

 だから、少しずつ慣れていこうと思っているんだけど……。

「背中って自分じゃ見えないから、他人に見られると不安に思うよな。バックを好む男って、支配欲が強い奴が多いと言われているし、女性も支配されたがる人が好むように感じる。……正直、俺は朱里の顔を見ていたいから、それほどバックが好きって訳じゃないんだが。……まぁ、味変ぐらいかな」

「でも、いつも味噌ラーメンばっかりだと、たまに塩とか醤油とか豚骨を食べたくなりますよね。味変大事」

「まじめな顔なのに、涎滲ませるのやめろ」

 尊さんはクツクツ笑い、私の唇を拭う。

「できなきゃ死ぬ訳じゃないしな。もっと軽く考えていいと思うけど。いきなりバックでやらずとも、愛撫をする途中で背中を向けてみるとか、少しずつ段階を追っていくのもアリだと思う」

「……突然バックを始めたら、アカリンがオーバーヒートしてアラーム音がなり、九十秒以内に爆発……」

「おいおいおい、赤い線と青い線、どっちを切るかヒヤヒヤする奴じゃねぇか」

「『ミコ・ハード』公開!」

 そこまで言ったあと、私たちはケラケラ笑う。

「ま、俺はこういう愉快な一面も含め、色々背負ってそれでも前を向いて生きてる朱里が好きだ。セックスって愛情を確かめるための手段だけど、それだけがすべてじゃないしな。……ただ、色んな事を経験できたら、もっと楽しく生きていけるかもしれない。その程度だ。習い事みたいなもんかな」

「愛の伝道師ミトコ先生の教室に通おうと思います」

「ミトコ先生なら、優しく教えてくれると思うから、安心しな」

 私たちは冗談を言い合い、クスクス笑う。

 そのお陰か、シャワーから上がった頃には、〝思いだして〟しまった時の暗い気持ちがすっかりなくなっていた。

「……私、尊さんの事が大好きですよ」

 電気を消してベッドに潜り込んだあと、私は彼の手を握って言う。

「俺も大好きだよ」

「うん……、知ってます」

 私は暗闇の中、微笑んで目を閉じた。

 こんな心が広くて温かな人に選ばれた私は、幸せ者だ。

 昭人が彼氏だった時は、エッチできないと言った日は凄く不機嫌に過ごされた。

 だから私も、申し訳ない事をしたと思って気持ちが沈み、自分を責め続けていた。

 でも尊さんは、「そんな事」と軽く笑い飛ばす。

 私が申し訳なさを覚えて落ち込む事も、彼はどうって事はないと言い、私の肩にのし掛かった重りを外してしまう。

 彼と一緒にいると世界がとても明るく見えて、あれだけ重たかった足に翼でも生えたように思える。

(この人となら、どこまでも行けるんだろうなぁ。尊さんと一緒にいると、自分に不可能な事なんてないって思える)

 父を亡くしてどん底だった時も、彼が救ってくれた。

 家族の事でギクシャクしていても、尊さんが解きほぐしてくれた。

 彼は誰よりも痛みを知っているから、他者の痛みに寄り添えるんだ。

 自分はこれ以上なく傷付いていても、誇りを高く掲げ、前を向き、自分のように傷付く人が現れないように、周りの人を守って進む。

 そんな尊さんに、私は何ができるだろうと考える事がよくあるけれど、彼の〝隣〟に立って、一緒に道を照らしていくしかない。

 守られる事をよしとするのではなく、隣で道を照らす灯りを持ち、笑い合って進む。

(尊さんのためなら、アカリンバージョン2でも3でも、どんどん進化しますからね!)

 私は心の中で言うと、明日の朝ご飯を思い浮かべ、彼と一緒に楽しいひとときを過ごせる事を胸に、幸せな気持ちで目を閉じた。



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