部長と私の秘め事
「いえ、別に? うちの家族も楽しそうですし、謝る事なんてないと思いますけど。むしろ、あんな高級食材を沢山、ありがとうございます」

「そう思ってくれたんなら良かったけど。俺、大体の人には受け入れられるけど、たまに『馴れ馴れしい』って拒否される事もあるんだ。まぁ、そういう人は合わなかったからいいとするんだけど、恵ちゃんのご家族は特別じゃん? 間違えてなかったかな~? って、急に不安になっちゃった」

「涼さんでも不安になる事あるんですね」

「あるよー。これでも真剣に恵ちゃんと結婚したいと思ってるんだから」

 彼はクシャッと笑い、私の頬を撫でてくる。

 こうやって何気ない会話をしている間も、涼さんは日が差すほうに立って私に日陰を作ってくれている。

 恩着せがましくなく、自然に人に親切にできる彼は、やっぱり凄いと思う。

「……家族がスルッと受け入れてくれて、安心しました。これでも昨晩、めっちゃ緊張してましたから」

「ふふっ、なかなか寝付けずにいたもんね」

 涼さんは「持つよ」と二つの飯盒を手にして、歩き始めた。

「中村家の皆さんは受け入れてくれたように見えるけど、あくまで〝表向き〟だ。俺はまだ皆さんに、恵ちゃんと結婚したいと思ってるって伝えてないし、正式なご挨拶をしてない。だからまだ、認められたとは思ってない」

「まぁ……、そっすね。菓子折持ってご挨拶……はしてないけど、そもそもは母が『一年待ってから』って言いましたしね」

「考えてみれば、普通は恋人の状態で、お互いの家族と挨拶したりするもんだよね。そういう触れ合いを重ねて信頼してもらった上で、改めてきちんと〝ご挨拶〟するのが王道だと思う」

「ですね。……私たちが結婚前提で同棲してるもんだから、つい考えがそっちにいっちゃいます。でもまだ、一年の同棲期間を終えるまでは、かしこまらなくていいのかな?」

「けど、意思表明をしておいて、損はないと思うんだ。俺はもう、お義父さん、お義母さんってナチュラルに言っちゃってるし、『君にお義父さんなんて言われたくない!』とは言われてないしね」

「それ、昭和のドラマとかでありそうな奴じゃないっすか」

「一生に一度しかないから、割と憧れてた」

「マジっすか」

「でも、スルッと受け入れられて安心したのは事実だよ。みんないい人だね。面白いし」

「一緒にいると、突っ込み疲れますよ……」

「恵ちゃんはとってもいい子だから、ご家族も優しくていい人なのが分かるよ」

「…………そんな事ないです」

「そこは否定しないの。『当然でしてよ!』って堂々と胸を張って言わないと」

「なんでお嬢様なんですか」

 私はプッと噴きだし、クスクス笑う。

「でも、本当に良かった。結婚しても中村家と上手くやっていけるビジョンが、明確に見えた」

 心の底から嬉しそうに言う涼さんを見て、私は眩しげに目を細める。

「不思議ですね。涼さんと一緒にいると、なんでも上手くいくように思えてきます」

「あれっ? 今気づいた? 俺、あげちんだよ」

「太陽浴びながら、ちんとかまんとか、やめてくださいよ」

「そういう言葉なんだもん、しょうがないじゃん」

「はいはい。揚げ饅頭と揚げちんあなご」

「後者、えぐくない!?」

 ギョッとした涼さんを見て、私はケラケラ笑った。





 そのあとはBBQスペースで、高級食材を焼いてはビールを飲んで……と、貴族みたいな時間を過ごした。

 家族は全員、とろけるようなお肉や新鮮な魚貝に骨抜きになり、「涼さま」状態になっている。

 BBQで食べる父の焼きそばは本当に美味しいんだけど、今日は麺が違うからか、いつも以上に美味しく感じた。

 兄たちはすっかり涼さんと打ち解けて、親友みたいに喋って笑っていたけれど、今はまじめな顔をして投資セミナーを受けている。

 念のため、涼さんから話したのではなく、兄たちから質問した流れだ。

「こんなに美味しい物を食べて体重が増えるなら、納得できるよなぁ……」

 父は鉄板に張り付いた麺を、ヘラでカリカリと引っ掻きつつ言う。

「確かに、ストレスで食べちゃった時に増えると、自業自得なんだけど『解せぬ』ってなる」

 いつも通りの親子の会話をしていたけれど、父が急に涼さんの話をしてきた。

「涼さんの事、好きか?」

 そう尋ねられてチラッと涼さんを見るけれど、彼は兄にサンドされたまま、笑顔でセミナーを続けている。

「……好き、だけど……」

 彼に聞こえないようにボソッと言うと、父はプラスチックカップの底に残っていたビールを飲み、笑った。
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