部長と私の秘め事
 行き先は近くにある別のホテルで、熟成肉が楽しめるとの事だ。

 レストランは一階にあって、ケアンズらしく雨に降られないよう、しっかりと張り出た屋根の下、風通しのいい場所にテラス席がある。

「うわ~おぅ!」

 予約していた旨を告げたあと、席まで案内される間、ショーケースに大きなお肉の塊が並んでいる。壮観!

 店内は広々としていて、木目調の天井からは球体型のペンダントライトが下がっている。

 私と恵は赤いベンチソファに座り、黒いテーブルを挟んだ椅子席に尊さんと涼さんが腰かけた。

 最初にシャンパンをオーダーして乾杯したあと、いきなりキャビアがきた。

 青いお皿の上には大きな貝殻があり、その上にキャビアの缶が丸ごと置かれてある。

 貝殻の下には氷があって、きちんと冷やしてくれている。

 余白には三つの丸い入れ物があり、キャビアを載せて食べるための丸いクラッカー的な物と、ディップするソースなどがあった。

「贅沢ぅ……」

「最近キャビアを美味しいと思い始めてる自分が恐い」

「恵ちゃん、もっと慣れていいよ~」

「涼さんは何だかんだで、洗脳してきそうで恐いです」

 そう言っている恵は、十分に御曹司の彼女らしく、綺麗だ。

「恵、最近凄く綺麗になったよね」

「え、やだ。いきなりやめてよ」

「お主の目蓋で、ラメが輝いてるぞよ。こういうのも慣れてきたじゃーん」

「……溢れるぐらいにコスメがあるから、使わないと腐ると思って……」

「贅沢な悩みだよね~! しゃーわせ。恵は髪の毛つやんつやんの、サラッサラ」

 早くもシャンパンでいい気分になった私は、彼女の前下がりボブをサラッと手で揺らす。

「可愛い子が二人、ニャンニャンじゃれ合ってる姿はいいねぇ」

「涼、おやじみたいだぞ」

 涼さんはニコニコご機嫌で言ったけれど、尊さんにボソッと突っ込まれて真顔になる。

「……恵ちゃんのためなら〝パパ〟になっても構わない……」

「やめてくださいよ。それ以上変な属性つけないでください」

 次に運ばれてきたお皿は、チョリソー――ソーセージみたいな物の輪切りの上に、グリルされた帆立が載り、バターナッツ南瓜のソースが掛かり、ラディッシュのスライス、ブロッコリーの芽が添えられた一皿だ。

 小さめの料理が三つ並んだ回りには、パプリカで作られたオレンジ色のソースが円を描いている。

「尊はもう、ずーっと見守ってるから、パパみたいなもんだよな」

「なぜ俺に飛び火する」

「篠宮さんは生粋の変態ですから」

「……中村さんまでヤメテ……」

 次の白ワインを飲み、私は質問する。

「尊さんは、恵の事を名前で呼ばないんですか? 恵はいずれ結婚したら三日月恵になりますけど、その時も〝三日月さん〟? 恵もずっと〝篠宮さん〟なの?」

 素朴な疑問をぶつけただけだけど、二人は顔を見合わせて「えぇ……」と声を漏らす。

「……確かに朱里の言う通りだけど、今さら……、なぁ」

「そうだよ。朱里だって、私が馴れ馴れしく篠宮さんを名前呼びしてもいいの?」

「だって本名だし、尊さんって呼ぶしかないんじゃない? ミコリン?」

「ぶふっ」

 その場にいた、私以外の三人が横を向いて噴き出す。

「はい、リピート・アフター・ミー。尊さん」

 恵に手を差しだすと、彼女は苦虫を百匹ぐらい噛み潰したような顔をする。

「み……、みこ……、…………道三」

「突然のミコ道三」

「ぶわっはっはははは」

 涼さんは声を押し殺し、肩を揺らして笑っている。

「尊さんは?」

 促すと、彼は私を見て眉を上げ、「ケイティ」と言う。

「まさかの……! ケイティ!」

 隣で涼さんは涙を流して笑っている。この人、凄い笑い上戸だ。

 ケラケラ笑っている間に、次のお皿が来た。

 レッドクロウ――ザリガニを柑橘、ハーブと一緒にグリルした物で、レモンをギュッと搾っていただく。

 熱された体のほうは殻が赤くなっているけれど、ハサミは青々としていて面白い。

「はい、ミコ道三とケイティに乾杯!」

 ケラケラ笑った私がワイングラスを差しだすと、残り三人が乾杯してくれる。

 魚料理は例のバラマンディのポワレで、皮はカリッと、身はフワッと焼かれていて美味しい。

 そしていよいよ、お肉ちゃんの登場だ。

< 707 / 721 >

この作品をシェア

pagetop