部長と私の秘め事
『勝手に彼女の事を調べないでくれるか? 不愉快だ』

『風磨。あなたいつからそんな反抗的な子になったの? あなただけは手の掛からない子と思っていたのに』

『俺は一生あなたの子供でしょうけど、何から何まで世話を焼く〝子供〟の時期は終わりました。結婚相手ぐらい自分で決めます』

 硬い声で告げると、母はしばらく俺を見つめたあと、わざとらしく溜め息をついた。

『いい結婚相手を見つけるまで、せいぜいおままごとを楽しみなさい』

 そう言って母はカツカツとヒールの音を立てて歩き、俺の横をすれ違っていく。

 その時、フワッと煙草の匂いがした。

 母は煙草を吸わないし、父も吸わない。

 会社でも喫煙室に入る事はないし、普段行くレストランや料亭なども、基本的に禁煙だ。

 だとしたら――。

 嫌な予感を抱いた俺は、『まさか……』と、考えたくない想像を打ち消した。

 意識を現実に引き戻した俺は、エミリの手を握る。

『母がごめん。結婚相手を探すと言っているけれど、絶対に断るし、俺にはエミリしかいない』

『……ううん。遠からずこうなるとは思っていたから、あんまり驚いてない。……以前から経理部長は厳しいって話は聞いていたけど、悪いけどプライベートでもなかなかね』

 エミリの言葉を聞き、俺は思わず笑う。

『だろ? 自分の母を毒親とは言いたくないけど、……悲しい事に〝なかなか〟なんだ』

 俺はエミリの手を握ったままエレベーターに向かう。

『でも俺はもう、萎縮しているだけの子供じゃないし、自分の未来は自分で決める。エミリがご両親の支配から卒業するように、俺もそうしなきゃいけない。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺は脳内に父を思い浮かべる。

『俺は絶対愛する人と結婚して、子供にたっぷり愛情を注いで幸せな家庭を築く』

 決意してエレベーターの〝上〟ボタンを押した時、エミリが『ねぇ』と俺の手を引いた。

『そんな恐い顔しなくていいのよ。私は大丈夫。怜香さんに歓迎されない事は分かっていたし、ああいう扱いをされるのも慣れてるわ』

『慣れなくていいよ』

 彼女に話しかけられて少し怒りが冷めた俺は、溜め息交じりにその言葉を否定する。

『……こういう扱いに慣れたら駄目なんだ』

『ありがとう』

 母があんな失礼な事を言ったというのに、エミリはニコニコしている。

 結婚するのだからこういう時ぐらいは『嫌だった』と正直に言ってほしかった。

 でもエミリの事だから、俺に気を遣わせまいとしているのだろう。

『ロビーで待っていたのを見たと思うけど、合鍵は持ってるけど、余程の事がなければ家に勝手に上がり込む事はないから安心して』

『うん』

 その後、帰宅してシャワーを浴び、家政婦さんが作ってくれたご飯を食べ終えたあと、エミリが言った。

『余計な事かもしれないけど、速水部長……、尊さんにも歩み寄ってあげてね』

『ああ』

 頷くものの、尊とは会社ですれ違っても言葉を交わさないし、向こうも関わりたくないと思っているだろう。

 歩み寄りたいとは思うものの、どうやってアプローチすればいいか分からずにいる。

『尊さんはきっと、とても傷付いているだろうけど、風磨さんが自分を加害しなかった事は理解していると思う。当時は何も言えなかった、できなかったのは事実だろうし、今、二人の間には高い壁ができていて、容易に話しかけられる状態にないのも分かってる。……でも、急に仲良くなるのは無理でも、敵じゃないと伝える事はできると思うの』

『そうだね』

 気の重たい事だが、いつかは向き合わなければならない問題だと感じていた。

『怜香さんの理解を得るのは難しそうだけど、尊さんなら私たちの事を祝福してくれそう』

『確かに』

 というか、尊は我関せずという感じで『どうぞお好きに』と言うだろう。

『祝福してくれる人は、一人でも多いほうがいいわ』

『頑張ってみるよ』

『あとね……。私、母方の祖父母と養子縁組ができないか、頼んでみたい。私の実母があの人なのは変えようがないけど、継父とは訴訟してでも離縁したい。あの人の遺産なんて要らないし、風磨さんに頼らなくても自分一人で生きていける女になりたい』

『え……』

 俺に頼らなくても、の下りを聞き、思わず声が漏れる。

 すると、エミリは慌ててフォローした。

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