想いと共に花と散る
 


❁



 夜空に浮かぶ月の光は、遠くから見るとやけに美しくに見える。
 だが、その輪の中に入らずとも、話の内容はよく聞こえた。
 伊東は、少し離れた暗がりに立っていた。
 足音を殺し、衣擦れも抑え、ただ耳を澄ませる。

(……藤堂君ね)

 快活で、率直で、疑うことを知らない男。戦を「必要なもの」として受け入れられる性質。
 それらは実に扱いやすい。

「伊東さんがいてくれて助かった」

 建物の柱越しに聞こえた言葉に、伊東は内心で小さく息を吐いた。
 評価としては上々だ。
 血を減らした。無駄を省いた。それだけで、人は“正しい”と信じてくれる。

(単純で、実に結構)

 斎藤の声が混じる。短く、慎重で、言葉を選んでいる。
 警戒心はあるが、反発はない。
 問題は——……。
 伊東の視線が、階段の端で膝を抱える少年に向いた。
 雪と名乗り生まれも育ちも曖昧な、鬼の副長の小姓という複雑な立場にある人物。
 剣も持たず、立場も曖昧。それでいて、目だけが妙に静かだ。

(迷っているわねぇ……)

 藤堂が「迷いはない」と断じるほど、その対極にいる。
 問いを捨てられない者。それは、戦の中で最も扱いにくい存在である。

「……伊東さんは、迷ってましたか?」

 その問いが出た瞬間、伊東は僅かに目を細めた。

(ふうん)

 自分のことではない。だが、答えを知りたがっている。
 人を見る目が、まだ残っている証拠だ。
 藤堂の返答は予想通りだった。
 迷いはない。だからいい。

(正解よ、藤堂君)

 迷わぬ者は、前に出せる。
 迷う者は、後ろに置くか、斬る。
 雲から顔を覗かせる月の光が辺りを淡く照らした。その光の中で、雪の横顔が歪む。

(……山南君と同じだわ)

 強さを問う。意味を探す。だから、立ち止まってしまう。
 藤堂が山南の名を出した時、伊東は口元を僅かに緩めた。
 あれは偶然ではない。時代が選んだ結果だ。
 やがて、藤堂と斎藤が立ち上がる。
 二人を見送ると、本堂の階段には雪だけが残った。
 伊東は、まだ動かない。
 気配を消したまま、少年の背中を見つめる。

(……この子は、まだ決めていない)

 剣を取る側か。切り捨てられる側か。それとも——……利用される側か。
 小さく息を吐いた後、その瞬間を待って伊東は静かに一歩踏み出す。
 足音は、意図的に消さなかった。

「……お一人ですか」

 背後から、柔らかな声を掛ける。
 すると雪の肩が、びくりと跳ねた。
 振り向いた顔に驚きが浮かぶのを見て、伊東は内心で満足した。
 最後まで、気づかれていない。

「先ほどのお話、偶然耳に入りまして」

 責めるでも、咎めるでもなく。ただ、事実として告げる。

「貴方は、問いを捨てられないようですわね」

 屋根越しに届く月の光が、雪と伊東の間に揺れる。

「それは、美徳です。——……ですが、戦の中では最も脆い」

 少年の瞳が揺れる。瞳には、目の前の存在を敵として見なす鋭さが光る。
 その反応を、伊東は見逃さない。

(……さて)

 選別は、まだ終わらない。
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