想いと共に花と散る
目を覚ましたこの日、空は驚くほどに雲一つない快晴だった。
部屋を出た雪は、空の青さに思わず感嘆の声を零す。そして、広間に入ってからは目の前の光景に唖然とした。
「わあ……」
世の中には、どんな服を着ても似合う人がいる。どんなに幼稚でも、ツギハギだらけでも、持ち前の美しさで染め上げてしまうような人が。
「んなとこで突っ立って何してんだ」
「えっ、ああ、えっと……まるで別人みたいでびっくりして………」
言いながら、雪は視線を彷徨わせた。
羽織袴ではなく、身体に沿った洋服。見慣れないはずなのに、不思議と似合っているのは流石だ。
「変か」
「変、というか……ずるいです」
「は?」
「なんでそんなに普通に着こなしてるんですか。昨日まで和装だった人の姿じゃない」
目を逸らして唇を尖らせる雪を見て、土方は鼻で小さく笑った。
「着るもんが変わっただけだ。中身まで変わるほど器用じゃねぇよ」
「……そう言われると、少し安心します」
雪がそう零すと、土方は一瞬だけ目を伏せた。
「だがな」
「はい」
「この格好は、覚悟がいる」
返ってきたのは、抑揚のない低い声だった。
いつもの強気な言い切りとは違う、何処か噛みしめるような調子。
「もう、戻れねぇって覚悟だ」
その言葉の意味を、雪はすぐに理解してしまった。
和装を脱ぐということ。
新選組副長、土方歳三としての“形”を、一つ捨てるということ。
視線が、自然と彼の背中へ向かう。
腰まで届く長い黒髪。何度も見てきたその姿が、今日だけはやけに遠く感じられた。
「……土方さん」
「なんだ」
「その、髪……」
そう言い掛けて、雪は一度言葉を飲み込む。
代わりに、部屋の入口から土方の元へとそっと一歩近づいた。
「切りますか」
「……ああ」
迷いのない返事だった。彼自身もそう考えていたようで、あっさりと頷いてみせる。
だからこそ、ほんの少しだけ雪の胸が痛んだ。
「雪。てめぇがやれ」
「……私、でいいんですか」
「てめぇがいい」
短い言葉だったけれど、それだけで十分だった。
雪は小さく頷き、鋏を取りに行く。
背後に立つと、土方の体温が伝わってくる。ほんの少しだけ、彼の肩が強張ったのが分かった。
「……痛くしませんから」
「別に構わねぇよ。どうせ、斬られる運命だったもんだ」
冗談めかした言い方に、雪は思わず眉をひそめる。
「そんな言い方、しないでください」
「はは。悪ぃ」
指先で髪を掬い上げる。想像以上に重くて、想像以上に柔らかい。
「……綺麗ですね」
「今さら褒めても何も出ねぇぞ」
「褒めてるんじゃなくて……見送ってるんです」
その一言に、土方は何も言わなかった。ただ、じっと前を向いたまま動かない。
鋏が閉じる。しゃり、と静かな音を立てて、長い髪が落ちた。
それは、別れの音であり、同時に始まりの音でもあった。
床に落ちた黒髪を見下ろしながら、雪はそっと息を吐く。
部屋を出た雪は、空の青さに思わず感嘆の声を零す。そして、広間に入ってからは目の前の光景に唖然とした。
「わあ……」
世の中には、どんな服を着ても似合う人がいる。どんなに幼稚でも、ツギハギだらけでも、持ち前の美しさで染め上げてしまうような人が。
「んなとこで突っ立って何してんだ」
「えっ、ああ、えっと……まるで別人みたいでびっくりして………」
言いながら、雪は視線を彷徨わせた。
羽織袴ではなく、身体に沿った洋服。見慣れないはずなのに、不思議と似合っているのは流石だ。
「変か」
「変、というか……ずるいです」
「は?」
「なんでそんなに普通に着こなしてるんですか。昨日まで和装だった人の姿じゃない」
目を逸らして唇を尖らせる雪を見て、土方は鼻で小さく笑った。
「着るもんが変わっただけだ。中身まで変わるほど器用じゃねぇよ」
「……そう言われると、少し安心します」
雪がそう零すと、土方は一瞬だけ目を伏せた。
「だがな」
「はい」
「この格好は、覚悟がいる」
返ってきたのは、抑揚のない低い声だった。
いつもの強気な言い切りとは違う、何処か噛みしめるような調子。
「もう、戻れねぇって覚悟だ」
その言葉の意味を、雪はすぐに理解してしまった。
和装を脱ぐということ。
新選組副長、土方歳三としての“形”を、一つ捨てるということ。
視線が、自然と彼の背中へ向かう。
腰まで届く長い黒髪。何度も見てきたその姿が、今日だけはやけに遠く感じられた。
「……土方さん」
「なんだ」
「その、髪……」
そう言い掛けて、雪は一度言葉を飲み込む。
代わりに、部屋の入口から土方の元へとそっと一歩近づいた。
「切りますか」
「……ああ」
迷いのない返事だった。彼自身もそう考えていたようで、あっさりと頷いてみせる。
だからこそ、ほんの少しだけ雪の胸が痛んだ。
「雪。てめぇがやれ」
「……私、でいいんですか」
「てめぇがいい」
短い言葉だったけれど、それだけで十分だった。
雪は小さく頷き、鋏を取りに行く。
背後に立つと、土方の体温が伝わってくる。ほんの少しだけ、彼の肩が強張ったのが分かった。
「……痛くしませんから」
「別に構わねぇよ。どうせ、斬られる運命だったもんだ」
冗談めかした言い方に、雪は思わず眉をひそめる。
「そんな言い方、しないでください」
「はは。悪ぃ」
指先で髪を掬い上げる。想像以上に重くて、想像以上に柔らかい。
「……綺麗ですね」
「今さら褒めても何も出ねぇぞ」
「褒めてるんじゃなくて……見送ってるんです」
その一言に、土方は何も言わなかった。ただ、じっと前を向いたまま動かない。
鋏が閉じる。しゃり、と静かな音を立てて、長い髪が落ちた。
それは、別れの音であり、同時に始まりの音でもあった。
床に落ちた黒髪を見下ろしながら、雪はそっと息を吐く。