愛する夫が催眠術で私に「貴方を愛することはありません」と言わせようとしている

 彼は私と白い結婚を望んでいながら、周りには夫婦仲が上手く行っているように見せたいのでは?

 少なくともロドフォード侯爵と侯爵夫人は、シリウス様と私の結婚を歓迎して優しくしてくれている。彼がハッキリと私に「君を愛することはない」と言ってしまうと、侯爵夫妻に叱責されるのかもしれないわ。つまり、彼には両親にも隠している女性の存在が……

「秘密の恋人……?」
「リエーラ!」

 突然テーブルの向こうから厳しい声が飛んできて、私はハッと我に返った。いけない。心の声が外に出ていたわ!

「今、なんと?」
「い、いいえ! ちょっと寝ぼけて変な事を言ってしまったみたいです。やっぱり寝不足なのかもしれません」
「そ、そうか! 昼寝でもしたらいい!」

 戦いの時以外はいつも優しい彼の声音が珍しく強い力を帯びている。私がうっかり「秘密の恋人」なんて口にしてしまったから、それを誤魔化したいのだと思った。

「とにかくゆっくり休め。君の健康が一番大事だ! き……」
「?」
「……っ君は、俺の愛する妻なのだから」

 私の胸がドクンと大きく脈を打つ。それはときめきではなく、締めつけられるような苦しさゆえだった。だってシリウス様の表情を見れば「愛する妻」という言葉をかなり無理をして言っているのがわかってしまったから。

「……ありがとうございます。私も愛しています」

 それでも私は本心を偽れなかった。どうしても彼に愛していると伝えたかった。

「ああ、ありがとう」

 とても辛そうに彼は微笑み、席を立つ。

「今日は片付けたい仕事があるから忙しい。夜遅くまでかかるかもしれない」
「はい」

 つまり、夫婦の寝室には来るなという事ね。私は彼が食堂を出て行くまで背中を見送った。扉が閉まるとサーブされた朝食に目を落とす。それはイーデン伯爵家の朝食よりもとても豪華で、本来は美味しそうなものだったけれど……私には味を感じることが出来なかった。


 ◆◇シリウス視点◇◆


 食堂を出て、真っすぐに自分の私室に向かう。最初は普通の歩みだったが、扉が閉まってリエーラから見えなくなったのを確認した後はほぼ駆け足だった。
 部屋に飛び込み鍵を閉めひとりきりになると、一気に詰めていた息を吐く。

「はああああ……」

 極度の緊張感から解放されて、息と共に力も抜けた。ああ、焦った。
 リエーラが「秘密の恋人」なんて言うから心臓が飛び出るかと思ったぞ。絶対にそれだけは周りに知られてはならないのに。使用人もいる前でそんな事を言うなんて意外とうっかりやさんな面もあるんだな。だけどそんなところも……

「可愛い」

 口に出してハッと気づいた。俺もリエーラの事をうっかりやさんだなんて言えないじゃないか!! ああ、だけど今はひとりきりだ。誰も聞いていない。少しくらいなら……

「可愛い、カワイイ、かわいい!! リエーラ、可愛すぎる……!!」

 一度自分の枷を緩めれば、それは堰を切ってあふれ出した。

「なんだアレは。可愛すぎるだろう。天使だ。神がこの世に遣わした天使だよ」

 陽に透ける金茶のふわりとした髪。青い瞳はどんな宝石よりも美しくキラキラと輝いて、あの笑顔は第一級の美術品かと思うほどだ。それに白くて細い腕は華奢なのに、身体つきは意外と凹凸が……

「わあああああああ!!」

 俺は昨夜のリエーラの姿を思い出して、それを消そうと宙に向かって腕をブンブンと振る。だが薄絹を纏い恥じらう彼女や、不思議そうに首をこてんと傾げる愛らしさ満点の彼女の映像が脳内にしっかりと焼き付いて離れない。

「すまんグウェイン!!!」

 リエーラのあんな姿を見た事に対して罪悪感でいっぱいの俺は、遠い地に居る友人に懺悔のつもりで叫んだ。が、やっぱり脳内の映像は消えてくれなかった。長椅子に倒れ込みクッションを握りしめ顔に当てる。

「だって無理だよ!! 世の男全てを虜にするよあの格好は!!」

 それぐらい昨夜のリエーラは美しくて可愛くて、清廉なのに色気もあって……とにかく凄い破壊力だったのだ。あの姿を見て彼女を襲わなかった自分の忍耐力を誉めたい。

 俺の中の獣を必死に抑え込んだ理性の正体。それは親友への誓いと、ベッドの上でまで健気な彼女の心配そうな表情だった。


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