秘めやかなる初恋 〜姉の許嫁に捧ぐ淡雪〜

第15章:遥斗の決意

悠真との秘密は、雪菜の心に再び希望の火を灯したが、同時に、越えられない壁の存在を改めて突きつけ、彼女の心を苦しめた。そんな雪菜の不安定な状態を、遥斗は敏感に察知していた。婚約発表後、雪菜が以前にも増して憔悴している様子を見て、遥斗は決意を固めていた。今こそ、彼女を支え、自分の想いをはっきりと伝える時だと。

ある日、遥斗は雪菜を呼び出した。場所は、以前告白にも似た言葉を交わした、あの公園のベンチだった。
「片桐さん、今日は、僕からどうしても伝えたいことがあります」
遥斗の表情は、いつも以上に真剣だった。雪菜は、彼の言葉の重さに、息を呑んだ。

「婚約の件、僕も耳にしました。片桐さんのお姉様と、一条様の」
遥斗は、雪菜の顔色をうかがうように、ゆっくりと言葉を選んだ。
「あの…西園寺君」

雪菜は、遥斗が婚約の件に触れたことに、動揺を隠せない。
「僕は、片桐さんのことが好きです。この気持ちは、これまで一度たりとも揺らいだことはありません」
遥斗は、雪菜の言葉を遮るように、まっすぐな瞳で彼女を見つめた。

「片桐さんが、今、どんなに苦しい状況にあるのか、僕には正直、全てを理解することはできません。でも、片桐さんの寂しそうな横顔を見るたびに、僕の心が痛むんです」
遥斗の言葉は、嘘偽りのない、純粋な感情から発せられているのが分かった。雪菜は、彼の真っ直ぐな視線から目を逸らすことができなかった。
「僕は、片桐さんを幸せにしたい。どんな困難があっても、片桐さんの傍にいて、支えたいと、心から願っています」

遥斗は、そっと雪菜の手に触れた。その手は温かく、力強かった。
「どうか、僕にチャンスをいただけませんか?片桐さんが、一条様への想いを抱えていることは、僕も知っています。でも、それでも構いません。僕は、あなたの心の支えになりたい。」

彼の言葉は、雪菜が一条悠真への想いを抱いていることを、遙斗が薄々感づいていたことを示していた。その事実に、雪菜は驚きと同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「西園寺君…そこまで…」
「はい。僕は、心からあなたが好きです。だから、どんな事があっても、この気持ちを諦めることはできない」
遥斗は、胸のポケットから、小さな箱を取り出した。中には、シンプルなデザインのシルバーのネックレスが収められていた。中心には、雪の結晶を模した、小さなダイヤモンドが輝いている。

「これは、僕からの決意です。片桐さんの、優しさや美しさと、芯の強さをイメージして選びました。どうか、受け取ってほしい」

彼はそう言って、雪菜に箱を差し出した。
雪菜は、その箱を前に、言葉を失った。

遥斗は、彼女の心の状況を理解した上で、それでもなお、真っ直ぐに自分を求めてくれている。彼の真剣な眼差し、そして、未来への強い決意が、雪菜の心を激しく揺さぶった。
悠真への想いは、断ち切れない。それは、雪菜自身の心が、まだそれを拒否しているからだ。しかし、このまま遙斗の純粋な想いを拒み続けることは、彼を深く傷つけることにもなる。

そして何よりも、遥斗の優しさに触れるたびに、雪菜の心の中には、微かな安らぎが生まれることも事実だった。
「西園寺君…私には、まだ…」
雪菜は、震える声で答える。
「分かっています。急がすつもりはありません」
遥斗は、静かに頷いた。

「でも、僕は待っています。片桐さんが、僕の気持ちに応えてくれるその日まで、ずっと、あなたの傍にいます。だから、もし、あなたが一人で苦しんでいる時、頼ってほしい。僕は、いつでもあなたの味方です」

遥斗は、雪菜の返事を急かすことなく、箱をそっと彼女の手に乗せた。
彼の真摯な言葉と、決して揺るがない決意。そして、その温かい眼差しは、雪菜の心を深く打った。

悠真への想いを諦めるべきなのか。遥斗のこの揺るぎない愛に身を委ねるべきなのか。
公園のベンチで、雪菜はネックレスの箱を握りしめたまま、沈みゆく夕日を見つめていた。
彼女の心は、二つの異なる愛情の間で、激しく揺れ動く。
しかし、遥斗の決意は、雪菜にとって、一つの確かな支えとなりつつあった。

冷たい闇が訪れる前に、彼女は、この温かい光を掴むことができるのだろうか。
雪菜は、答えの見えない未来に向かって、静かに息を吐いた。
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