ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
     *


 果歩に相談を持ちかけた翌日、沓澤代理が欠勤した。
 体調不良とは小耳に挟んでいたものの、私は〝ふーんそっかぁ〟くらいにしか考えていなかった。
 けれど、昼休憩中に事態が急変した。社長から直々に内線電話が入り、社長室まで呼び出しを食らっ……いや、受けたのだ。

 社長室に足を踏み入れる機会自体、事務スタッフの私には滅多にない。
 緊張に全身を強張らせながら扉をノックすると、「どうぞぉ」と間延びした声が聞こえてきた。

 社長だ。やっぱり本人だ。
 泣きたい気持ちを堪え、「失礼します」とドアを開く。

 五年前、本社は大規模な改築を行っている。古めかしさを感じさせる二階建てのオフィスは、店舗のコンセプトと同様に、近代的な造りに建て替えられた。
 私は改築前のオフィスを知らない。先輩社員や上司たちが過去の話題を取り上げるときなどに小耳に挟む程度の知識しかなかったけれど、誰に聞いたのだったか、社長室だけは当時と同じだそうだ。

 こぢんまりとした室内に、色褪せ気味のカーペット、中央に配置された窓、ブラインドの隙間から差し込む日の光に照らされた傷の目立つデスク。古いデスクもカーペットも、社長室の中の調度品のどれもが、建物が新しくなっても当時と同じ――これは社長の意向だという。
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