ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 なにもかも知っているぞ、とでも言いたそうな目だ。
 威嚇とまではいかないけれど、それは私に恐怖を抱かせるに十分だった。

「よろしくお願いできるかな?」

 し、社長はどこまでご存知なんでしょうか。
 社長って沓澤代理のお父様ですよね、ご自分で行かれてはいかがでしょう?
 他人の私がわざわざ出しゃばるところじゃないですよね、ここ?

 という声が口をついて出ることは、結局、最後までなかった。

「は、はい……」

 渇ききった喉を通る自分の声は、異様に掠れていた。
 思っていることと真逆の反応を示してしまったと気づいたのは、声を発した後。

 ――馬鹿か、私は。

 押しに弱い自分の性質を、私はこのとき心の底から呪った。
 満足そうに頷いた社長は、ダメ押しのつもりなのか、またもぐいぐいとクリアファイルを押し出してくる。

 控えめに指を伸ばしてそれを受け取りながら、私は、臓腑の底から絞り出したような深い溜息を心の中だけで漏らした。
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