ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
 どうしても、唇に目が行ってしまう。
 男の人にしてはやわらかそうな唇。ほんの少し開いて見えて、見ているこちらのほうが恥ずかしくなってくる。

 風邪をひいていたときの弱りきった姿が脳裏を過ぎる。
 だらしなさを感じるほどの猫背だったけれど、それでも彼の頭は私のそれより高い位置にあった。私だって女性にしては高めの身長なのに……百八十センチ近くあるんだろうな、と思う。
 無理やり飴を握らせたときに触れた指の感触は、焦っていたせいか碌に覚えていない。節の目立つ指がキーを叩くその様子に、いつしか画面の角から覗くように見入ってしまっていた私は、視線を上げた瞬間息を詰まらせた。

 にやにやと薄ら笑いを浮かべて私を見つめている沓澤代理と、思いきり目が合ったからだ。

「なに見てんだ。終わったのか」
「あ、あとちょっと、です」
「へえ。しばらく指、動いてなかったけど」

 からかいを孕んだ言葉遣いは、打って変わって砕けている。
 ふたりきりとはいえ、彼が仕事中にこんな態度を取ることは初めてで、残りの仕事が全部頭から抜け落ちそうになる。躍起になって目の前の画面へ意識を戻し、私はなんとか指を動かす。
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