ビタースイート・ドロップ~次期社長の甘い嘘~
     *


 デスクの前方に積まれたリングファイル越しに、露骨なほどじっと見つめられている。
 よりによって彼のデスクは向かいだ。視線を遮るのは難しい。分厚いファイル群にそれを期待しようにも、残念ながら少々高さが足りない。

 午後五時三十分。
 定時のきっかり十秒前、彼が席からすっと立ち上がる。

「那須野。帰るぞ」

 席へ歩み寄ってくる。定時ぴったりに声をかけられる。
 残業があるときは、終わるまで手を貸してくれる。今のところはだいたいそんな感じだ。

 肩に触れる大きな手のひらの感触が、無駄に私を惑わせる。確かに、これでは多少なりとも期待を持った女性なら一発で落ちる。
 耳の傍で吐息とともに囁かれるバリトンボイスは、〝変な勘違いをしなそう〟という彼のお眼鏡に適った私でも、油断すればあっけなく転がり落ちてしまいそうになるほどの破壊力を秘めている。
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