婚約者のふりなのに、甘すぎて逃げられません(シナリオ形式)
第5話 距離と憧れ、そしてささやかなざわめき

【第5話 距離と憧れ、そしてささやかなざわめき】


〇片瀬グループ本社・リニューアル用のモデルルーム(琉球タイプ)・昼
澪がスタッフたちと図面を囲み、真剣な表情で説明している。
壁には沖縄の染織やちりめんのサンプル、琉球ガラスの写真が並んでいる。
澪「この壁面には、ちりめんの織り目を活かしたファブリックパネルを使いたいんです。光沢があるので、間接照明を当てると、柔らかく反射して空間に奥行きが出ると思います」
スタッフA「なるほど……。確かに、光の当たり方で表情が変わりますね」
澪「はい。しかも、ちりめんは日本の伝統素材ですし、海外のお客様にも“和”の魅力を感じてもらえると思います」
スタッフB「床材はどうしますか? 畳だとメンテナンスが大変ですが……」
澪「部分的に、琉球畳を使うのはどうでしょう?縁がない分、モダンな印象になりますし、琉球ガラスの照明と組み合わせれば、伝統と現代の融合が表現できると思います」
スタッフA「おお……それ、いいですね。海外の方にもウケそうです」
澪(少し照れながら)「ありがとうございます。あとは、客室ごとにテーマカラーを変えたりして、地域の染織の特色を取り入れたいんです。たとえば、紅型のモチーフをクッションやランナーに使って……」
スタッフB「なるほど。地域性も出せるし、話題性もありますね」
澪(心の声)「私の提案が、誰かの心に届いた……。少しずつだけど、夢に近づいてる気がする」
──打ち合わせが終わり、スタッフが退出したあと。
モデルルームの隅で様子を見ていた樹が、静かに澪に近づいてくる。
樹「さっきのプレゼン、よかった」
澪「えっ……見てたんですか?」
樹「うん。……正直、惚れ直した」
澪「なっ……!」
澪(心の声)「ちょ、ちょっと……!そんなことされたら、心臓がもたない……!」


〇片瀬グループ本社・ロビー・同日・夕方
澪が資料を抱えてロビーを通りかかると、遠くに樹の姿が見える。
スーツ姿の外国人ビジネスマン(投資家)と英語で会話をしている
樹「We’ve prepared a private meeting room on the 18th floor. If you need anything, please let my assistant know.」
(訳:18階に専用の会議室をご用意しています。何かあれば秘書にお申し付けください)
その後、同行していたスタッフに英語で指示を出し、手際よく対応を進める。
秘書の水島とのやり取りもスピーディーで無駄がない。
澪(心の声)「……すごい。あの人、英語も完璧で、仕事も早くて、みんなに頼られてる……」
ふと、樹が澪の視線に気づき、軽く会釈する。
澪は驚きながらも、少しだけ頬を赤らめて会釈を返す。
澪(心の声)「さっき“惚れ直した”なんて言ってたけど……私の方こそ、また惹かれてる……」


〇澪の部屋・夜
澪がベッドに座り、ノートパソコンで資料をまとめている。
画面の隅には、樹とのビデオ通話の履歴。
澪(心の声)「あんなに会ってたのに……今は、画面越しだけ。仕事の話ばかりで、なんだか距離を感じる」
スマホを手に取るが、連絡する理由が見つからず、そっと伏せる。
澪(心の声)「私はただの学生。彼の世界とは、違いすぎる」


〇片瀬グループ・都内ホテル廊下・数日後・昼
澪が施工業者との打ち合わせを終え、資料を抱えて廊下を歩いている。
ホテルは現在、江戸城の美意識を取り入れた“武家屋敷風”のリニューアル工事が進行中。
すれ違うスタッフたちが、ヒソヒソと話しているのが耳に入る。
スタッフC「副社長の婚約者って、あの子?」
スタッフD「ただの大学生でしょ? 顔は可愛いけど、身の程知らずって感じ」
澪は笑顔を保ちながらも、心の中でざわつきが止まらない。
澪(心の声)「やっぱり、私なんかがここにいていいのかな……」
ロビーでも、澪が挨拶しようとすると、スタッフが目をそらす。
澪は手元の資料をぎゅっと握りしめる。


〇片瀬グループ・都内ホテル・エレベーターホール・夕方
澪がエレベーターを待っていると、樹が現れる。
スーツ姿で、書類を抱えている。
樹「……俺らの噂、もう耳に届いてる?」
澪「……はい。でも、気にしてません」
樹「うん、気にしなくていいよ。ああいうことを軽々しく口にする人間は、うちのグループには必要ない」
澪「え……冗談抜きにして、解雇とかしませんよね?」
樹「さあ? でも、俺は“誰が見ているか分からない場所”での言動に責任を持てない人間を、信用しない」
澪(心の声)「この人、本当に……経営者なんだ。私が知らない顔、まだまだあるんだ、きっと」
エレベーターのドアが開く。
澪が一歩踏み出そうとした瞬間、ヒールが少しぐらつく。
樹がとっさに澪の腰に手を添える。
樹「大丈夫?」
澪「っ……はい、大丈夫です」
澪(心の声)「……今、支えてくれた手の感触がまだ残ってる……」
樹が澪を先に乗せ、後から樹が静かに乗り込む。
澪(心の声)「この人の隣にいると、背筋が伸びる。……でも、同時に、胸が苦しくなるのは、どうしてだろう」


〇片瀬グループ・都内ホテル・ロビーラウンジ・夜
打ち合わせ後、澪が一人で資料をまとめていると、樹が現れる。
手には、地方の伝統工芸に関する資料が数点。
樹「次の改修、茶室を含むスイートルームの監修も任せたいって話が出てる」
澪「茶室……ですか?」
樹「うん。格式ある空間にするには、茶器や花器、木材の選定も重要になる。君なら、どう生かすか考えられると思って」
澪「……ありがとうございます。でも、実物を見ないと、素材の質感までは判断できなくて」
樹「それなら、見に行こう。俺の知り合いが、加賀の工房を紹介してくれるって」
澪「加賀……石川県ですか?」
樹「うん。茶道具や漆器、障子の組子細工まで、全部揃ってる。君が選ぶなら、間違いないと思う」
澪「……行ってみたいです」
樹「じゃあ、週末に時間をつくる。俺のポケットマネーで、視察ってことで」
澪「えっ……でも、お仕事ですよね?」
樹「もちろん。でも、君と行くなら、ちょっとくらい楽しんでもいいだろ?」
樹が澪の手元の資料に手を添え、ふと彼女の手に触れる。
澪(心の声)「……また、触れた。わざと?それとも……自然に、こういう事をする人なの?」
澪の頬がほんのり赤く染まる。
澪(心の声)「伝統工芸の視察なのに、なんだか……デートみたい。……私、今、嬉しいって思ってる」

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