大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。
「千紘さん、おはようございます!」
フォレスティア飲料本社・受付を通るとき、受付の鹿島美晴さんが必ず挨拶してくれる。
彼女は四つ年下だけど、実は研究職の私とは入社年は同期だ。
「おはよう」
「さっき旦那さんも来てましたよね。相変わらず夫婦そろって同じお弁当~。ほんと仲良しですねぇ~」
「そんなことないよ。自分のついでに作ってるだけだしさ」
お弁当は匡輔の要望でもあったのだけど、もともと一人暮らしのときから作っていたし、二つ作るのは少し面倒だけどすごく嫌というわけではない。
ただし急かされなければ、だけど。
「そうそう! 朝にすっごいイケメンが通って、それが新しい開発部長だって聞いてびっくりしましたよ! 聞けば独身みたいですけど、彼女もいないらしくて。ホントですかね。聞いてくださいよ、千紘さん」
「いや、もう自分で聞き切ってるじゃない。それに、そんなプライベートなことすぐ聞けないよ……。興味もないし」
「人妻ですしねぇ。いいなぁ、私もはやく結婚したいなぁ」
「美晴さんも彼氏いるんじゃなかった?」
「いますけどぉ~それとこれとは別っていうか!」
苦笑いで返して、社員カードで入口ゲートを通過し、八階までエレベーターに乗る。
八階に着いたら、もう一つ指紋認証の扉の奥。そこが私の勤める開発部だ。
――今日から、上司が穂高……。
そう思えば、いつもより目の前の扉を開けるのがユウウツに思えた。
(何事もなかった顔をすればいい。私はもう結婚してるし、実際もう何も関係ないんだから……)
息を吸って、部屋に入ってすぐ、「おはよう、今日からよろしく」と声をかけられてギョッとした。
穂高だ。
紺のスーツに、整えられた髪、精悍な立ち姿。仕事モードの彼は、私が知っている穂高ではなく、きちんと『上廻部長』だった。
彼は入ってくる社員一人一人に挨拶していたらしい。
「お、はようございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
頭を下げて行こうとすると、ふいに腕が掴まれた。私は慌てて周りを見渡す。
ちょうど他の人には見えない位置で、周りにも人はいない。
「昨日、大丈夫だった? 気分は? 悪くないか?」
「大丈夫です」
「ならよかった」
(安心したように微笑まないで!)
一気に昔の顔と重なる。
何考えてるの、と頭を振って速足で、部屋の奥の更衣室に直行した。
入れば、女性陣が集まってざわざわしている。
3つ上の篠田真紀さんが私の腕を掴んだ。
「ねぇ、挨拶されたよね⁉ すっごいイケメンで何事かと思ったわ。新しい部長だって! 一緒にいたらドキドキして仕事にならないんですけど!」
「あはは。そうですよね」
その気持ちはわかる。というかたぶん誰よりもわかる。
付き合っていた時だってドキドキさせられたのに、さらにいいように年齢を重ねているものだからもっと困る。私は既婚者なのに……。
「なんか、雰囲気あるよねぇ」
「いやぁ、目の保養だよ。あれは反則」
「完全に結婚早まったわぁ」
楽しそうな浮足立ったささやきが飛び交っていた。
女性陣はほとんど既婚者だけど、既婚者でもイケメンにドキドキするのは普通らしい。
私はなんだかホッとして、さっき変に動揺してしまった自分の気持ちをそっと肯定した。