大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。
そして、ある日の昼休み。
食堂で弁当を食べている坂下と、営業部の同期と話している声が、ふと耳に入ってきた。
「坂下、そういえばお前の奥さんって開発部の桐沢だろ? 毎日仕事して弁当までなんてすごいよな。朝食も夕飯も毎日作ってくれるんだろ?」
「すごくなんてないだろ、当たり前」
何が当たり前だ、と思わず言ってしまいそうになる。
千紘は家事の中で料理だけはあまり得意ではなかったはずだ。
それを、今すべてやっているというなら、彼女はかなり努力しているはずだ。
「家計はどうなってんの?」
「そんなの共働きなんだから、半分ずつだろ」
「なにそれ、うらやましー!」
「どこが」
「だって金も稼いでくれる家政婦じゃん。しかも抱けるんだろ」
こいつらが何を話しているのか、俺にはうまく理解できなかった。ただ、気づけば拳を握っていた。
坂下は満足げに鼻を鳴らす。
「ああいう真面目な女は他に取り柄もないし、家政婦にするにはいいんだよ。金も稼ぐし、家事もちょっと脅せば文句言わずにやるし。節約にはなるよ。ま、夜の方は全然魅力ないけどな。その点、金はかかるけど美晴はいいよ」
「ほんとお前も、社内で浮気なんてよくやるよな」
その言葉を聞いた時、俺の頭は真っ白になった。
(……浮気? 千紘の夫が千紘を裏切って……?)
だからあんなに千紘はおかしかったのか。
妊娠ではないととっさに否定されたのにも納得する。
そして不倫相手はすぐに思い浮かんだ。
以前二人で話してた、受付の鹿島美晴だろう。
あの時、千紘はまっすぐその二人の様子を見ていた。
彼女ももう知っているのだ……。
そんな状態で千紘が昔のまま、明るくいられるはずがない。
坂下は悪気もないように続ける。
「だって女は若ければ若いほどいいだろ。価値なんてそこだけだし。お前が欲しければ嫁の方はやるよ。あんなのもういらねぇわ」
「言いすぎだろ。毎日忙しいのに頑張ってくれてるいい奥さんじゃん」
「節約しか使いようがないんだから、そのくらい役に立たないと困るって」
――瞬間、全身が熱くなった。
込み上げるかつてないほどの怒りだった。
だけど俺は上司だ。理性が何重にも俺を縛ろうとしてきた。
(落ち着け。会社だ。感情を出すな。部長だろ、俺は……)
何度言い聞かせても、無理だった。
俺は気づけば坂下の胸ぐらをつかみ、椅子から引きずり上げていた。
「俺の部下に、無礼なことを言うなっ」
辛うじて唯一の理性が、『千紘』を『部下』という言葉に変えてくれていた。