大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。
「営業部の何人かからは、坂下くんが受付の子と遊んでるって噂が出ていたの。といっても証拠もあるわけでないし、私は様子見をしていた。ただ、あなたに言うべきかはずっと迷ってた」
「もしかして部長がそれを知ったってことですか?」
「坂下くんが、食堂でそういう話をしてたみたいなの」

 あぁ、そうか。穂高に決定的に知られたんだ。
 よりによって、一番知られたくなかった人に。

 私がぎゅと手を握っていると、社長は続けた。

「その中で、坂下くんがあなたに関してひどいことを言ったらしくて、それで穂高が『俺の部下に無礼なことを言うな』って怒ったみたい。って言うか、穂高が怒るのなんて、私も初めてでビックリ。あの子、基本的に感情出さないから。両親が離婚して、父親から離れる時だって、父親のこと大嫌いなのに顔にも言葉にも出さずでさ。今回は、よほど腹に据えかねたのね……」

 あの、穂高がそれで本気で怒った……。私も思いもよらなかった行動だ。
 呆気に取られている私に、社長は優しく微笑んだ。

「さっきの表情で分かったけど、少しは坂下くんのこと……知ってたのよね?」

 その言葉に少し悩んだが、頷いた。

「はい。でも、私は知ったばかりなんです。ずっと続いてたと思うのに。帰りも遅いし、態度とか……今までも何となく感じてはいたんだと思います」
「そう。話はした?」
「いえ。それから話そうと思っても話せなくて。不機嫌で話しかけられない日も多いってだけなんですけど」
「そう」

 社長は息を吐いて、それから私を見据えた。

「離婚する気は?」

 突然の言葉に私は息をのんだ。慌てたように瑞穂社長は手を振る。
 
「あ、ごめんなさい。気軽に言ってるわけじゃないの。千紘さんも知ってると思うけど、私も離婚してるでしょ。うちの場合は、息子を連れてだけど」
「そうでしたよね。康太くん、もう大きくなりましたよね」

 瑞穂さんは、私が会った時にはもうシングルマザーだった。
 息子の康太くんが3歳の時に離婚し、私が入社した時はもう反抗期だと言っていた。

 これまで想像もできないほど大変だったと思う。

「えぇ、もう高校生よ。言葉はかわいくないけど、助けられることも多いわ」
「そうですか」
「今年、社長になったのはあの子の言葉もあったの。最初はまだあの子も高校生だし、早いかと思ってたんだけど、『今、やりたいと少しでも思うならやれよ。家事ももう俺もできる。少しは頼れ』って背中を押してくれてね」

 そうして支えになってくれる人が一人いるというのは、心強いことだろう。

「いい子ですね……」
「でしょ。私が育てたんですもの。こうして一人で育てたっていい子は育つ。それは千紘さんを見ていてもよくわかった。あなたを見ていて、私、余計に自信がついたのよ」

 私もシングルマザーの母に育てられたことは瑞穂さんもよく知っている。

「離婚の原因はね、夫の浮気なの。一度目は康太ができる前でね。復縁しようと一度はやり直したんだけど、結局、出産後にまた浮気されて。人によるのかもしれないけど、浮気で相手を裏切れる人は何度でも裏切る。私はそう思って離婚した」

 きっぱりと彼女は言って、続けた。

「康太のいない人生はもう考えられないけど、やっぱり最初の時点で離婚して、新しい人生をやり直していたら……父親もいる家庭で子どもを育てられただろうってそういう後悔はあるの。あなたたちはまだ子どもはいない。だから離婚って選択肢の話しちゃった。ごめんね、おせっかいで」

 瑞穂さんが困ったように笑う。彼女は本当に包み隠さずなんでも話してくれる。
 だから信頼した。だから尊敬していた。そんな上司だ。

「正直、頭が真っ白でそこまで考えてなかったですけど……匡輔が前に美晴さんに『いつ離婚してもいい』って言ってたのを聞いたんです。彼が望んでるなら別に私は……」
「坂下くんが主語じゃないの。千紘さんが離婚したいかどうかで決めなさい。なんで最後までそんな男のいいなりになるの」

 そう言われて、目を見開いた。

「そう言われればそうですね」

 思わず言うと、瑞穂社長はぷっと噴き出した。

「ほんと昔からそういうところあるよね。素直にすぐ受け入れるというかなんというか」
「え……? そ、そうですか。私だって誰でも素直に話を聞くわけじゃないですよ。瑞穂さんの話が説得力あるというか、納得できるから」

 私も笑って、そのうち気持ちが軽くなってきた。
 一人で考えていた時はあんなに辛かったのに。

「やっぱり匡輔と話すのは話したいです」
「そうね。えらいわ。あと、もし少しでも離婚を視野に入れるなら、必ず証拠は探して残しなさいよ」
「はい……」

 私は頷いてそれから、大事なことを思い出した。

「あの、本当に部長の処分とかはないですよね……」
「大丈夫よ。でも、『さすがにこっそりやれよ!』って怒っておいたわ」
「こっそりならいいんですか?」

 思わずツッコむと瑞穂さんは微笑む。
 気持ちを軽くしてくれる存在がとてもありがたかった。
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