辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る
離宮の中庭は、
まだ夜の息を残した薄闇に包まれていた。
月の光が途切れ、
地平線の向こうで朝日がわずかに色を変え始める。

ファティマは静かに外套のフードを深くかぶり、
離宮の裏門へ歩く。
裏門には、
エドリックとエレオノールが待っていた。
彼らの横には、
ヴァリニア王家の宝物――神馬アレイオン。
黒曜石のような毛並みは
暗闇を透かして淡く銀色に輝き、
瞳には知性を宿していた。

エドリックは短く息を吐く。
「本当に一人で行くつもりか、ファティマ殿」

「はい。デクランが優しくて……一緒にいたら、私は彼に甘えてしまう。」

エレオノールがそっとファティマの手を握った。
「あなたは強い女性です。でも……強い人ほど、時にはひとりで立たねばならない時があるわ。」

国王夫妻は、
彼女の決意が揺るぎないことを悟っていた。

エドリックは手綱を差し出す。
「アレイオンは、フィオルガルデ連邦の盟主から贈られた神馬だ。千里を駆ける速さを持つ。何か危険が迫っても、必ず……あなたを守るだろう。」

ファティマは深く頭を下げた。
「必ずやり遂げます。どうか、デクランにも……」

言葉が続かない。
瞳が涙で揺れ、ただ唇を噛む。

「分かった。君の想いは、必ず彼に伝える。」
エドリックの声は、
あたたかくも切なかった。
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