辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る
ファティマがアレイオンの背に乗ると、
神馬は風を切るように走り出す。
踏み出した瞬間、景色が霞む。
森も丘も、数呼吸で後方へ消える。

ファティマは胸に手を当て、
目を閉じた。
(お願い……デクラン。どうか私を憎まないで……)
涙が風に溶けて、
彼女は夜明けの彼方へ消えた。

そしていつものように
王国は朝を迎えた。
デクランは習慣のようにファティマの姿を探すが、
どこにもいない。

侍女のひとりが怯えた顔で告げた。
「皇女殿下は……夜明け前に、馬で……」

デクランの表情から血の気が引いた。
「……何だって?」

次の瞬間、
彼はファティマの部屋へ急いだ。
彼女の部屋はもぬけの殻だ。

それだけで全てを悟った。

彼は拳を握りしめ、深く息を吸う。
怒りよりも先に来たのは——
胸を裂くような喪失感だった。

立ち尽くすデクランに
エドリックが静かに歩み寄り、
封書を差し出す。

「……ファティマ殿から預かっている。
 “あなたに渡してほしい”と。」

デクランはしばらく受け取れなかった。
手が震え、視界が滲む。
だが最後には、覚悟を決めたように封を開く。

中には、彼女の細やかな筆致で綴られた
手紙が入っていた。
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