辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る
逃げるように城を飛び出し、
涙で滲む視界の中、
彼女が向かったのは……
古い石造りの大聖堂だった。

堂内は静寂に包まれ、
ステンドグラスから差し込む光が、
ファティマの揺れる心を照らす。

司教が驚いた顔で出迎える。

「ファティマ侯妃……そのお姿は?」

ファティマは深呼吸し、
震える手で一通の書状を差し出した。

「司教様。どうか……この結婚を無効としてください。」

それは、
――ドノヴァン侯とファティマの“連名”の請願書。

司教は目を丸くする。
「これは……侯の署名も揃っている。まさか、お二人でこれを?」

ファティマは小さく首を振る。
「いいえ。彼は何も知りません。」

仕事の決裁で印籠を使う機会が多かったこと。
何かあった時のため、
自分を守るためにと、
密かに署名を写し取っていたこと――
それらを淡々と説明するファティマの瞳には、
もう迷いはなかった。

司教はため息とともに神の御名を呟き、
書類を受け取った。
「……ドノヴァン侯の信仰心のなさは、教会も頭を抱えております。あなたを失うのはこの国とっても痛手でしょうが……この書状、確かに受理しましょう。」

判を押す音が、堂内に静かに響く。

その瞬間――
ファティマの心の鎖は、ようやく外れた。
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