辺境に嫁いだ皇女は、海で真の愛を知る
それからデクランとは数カ月に一度、
顔を合わせるようになった。

「侯国の政務、大変そうですね……」
とある日の会議の休暇中に
ふとデクランが口にしたその言葉に、
ファティマは思わず顔を上げる。

「……ご心配ありがとうございます。でも、侯国のために、私がやるしかないのです」
半分諦めたように淡々と答えるファティマに、
デクランは少し胸を痛めた。
そして咄嗟にこんな提案をしてしまう。

「私でよければ、話し相手になりますよ」
その言葉は、軽い冗談のようでもあり、
けれど誠実さに満ちていた。
多忙で追い詰められたファティマの心は、
かすかに震えた。

それから2人は密やかに文を交わすようになった。
最初は交易の書類の間に、
デクランがさりげなく手紙を忍ばせた。
「今日も侯国の皆さんは元気ですか?」
「侯国をまとめるのは大変ですね。お疲れではありませんか?」

彼の手紙にファティマも返事を書き、
そっと同じ書類の間に挟む。
「ありがとうございます。おかげで少し心が軽くなりました」

やがて、二人は交易のことだけでなく、
互いの思いを少しずつ綴るようになる。
侯国での孤独と、日々の絶望を
そっと打ち明けるファティマに、
デクランはいつも優しく、誠実に答えた。

「僕はいつでも侯妃様の味方です」
「無理せず、少しずつ休んでください」

そんなデクランの優しい言葉に
ファティマは涙を流しながら、
手紙を握りしめる。
たった一人、心から理解してくれる相手がいる――
それは、侯国での辛い日々を耐え抜く
唯一の慰めとなっていた。
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