声にならない、さよならを
第12章 「春斗の覚悟」
柚李の涙の跡が光る音楽室で、
春斗はしばらく何も言わなかった。
ただ、彼女の震える肩と、
何かを堪えるような表情を静かに見つめていた。
その沈黙が苦しいのに、
逃げたくないと思わせるような温度をしていた。
「……柚李」
春斗がやっと口を開いた。
優しい声だった。
けれどその奥に、固い決意のようなものがあった。
「ほんとは今日、言うつもりじゃなかったんだ」
柚李は顔を上げる。
「でも……柚李の顔見てたら、もう我慢できなかった」
春斗は視線を落とし、少しだけ笑った。
その笑みは、どこか自分を追い込むように見えた。
「俺さ、覚悟決めたんだ」
「かくご……?」
「うん。
柚李が誰を好きで、誰のことで泣いて、
誰に心が向いてても——」
春斗は拳をぎゅっと握る。
「それでも俺は、柚李の隣にいたい」
息が止まるほど真っ直ぐな言葉。
その一言に、
柚李の胸の痛みが一気に溢れそうになる。
「……春斗……無理だよ。私、今……」
「わかってるよ」
遮る声は優しいのに強かった。
「今すぐ答えなんて求めない。
柚李が泣き止むまででも、答えを出せないままでも……
俺は待てる」
春斗は息を吸い、
迷いのない目で柚李を見た。
「俺は、柚李を好きでいる覚悟をした」
その言葉は重くて、暖かくて、
柚李には受け止めきれないほどの誠実さを持っていた。
***
「……なんで……そんなの……」
喉が震える。
涙がまたこぼれそうになる。
「だって……私……誰も……傷つけたくないのに……
春斗まで……こんな……」
「え?」
「私……春斗の気持ちにちゃんと向き合えないまま、
それでも優しくされて……」
柚李の声は涙で途切れた。
「……つらいよ……ほんとに……」
春斗は驚いたように目を見開き、
そして、そっと一歩近づいた。
距離はあと少し。
でも触れない。
「……柚李は、優しすぎるよ」
春斗の声が、少し震えていた。
「そんなふうに自分のこと責めんなよ。
俺が勝手に好きになって、勝手に待つって決めただけなのに」
柚李は首をふる。
「でも……」
「でもじゃない」
春斗はそっと柚李の手を取った。
温かい。
その温度が蒼士の残した温度に重なって、
柚李は苦しくてたまらなくなる。
「俺は……君を泣かせたいんじゃないよ」
春斗は静かに言う。
「でも、泣いてるときにそばにいたい。
支えられるなら支えたい。
それが“好き”ってことだと思ってる」
そのあまりにも真っ直ぐな気持ちが、
胸を締めつける。
「だから……柚李は無理しなくていい。
俺の気持ちを重く感じる必要もない。
逃げたくなれば逃げてもいい」
そして、少し苦しそうに笑った。
「でも、俺は追うよ。
柚李が逃げたって、きっと見つけに行く」
その言葉は、宣言のようだった。
***
音楽室の窓から、夕日が差し込む。
春斗の横顔が赤く染まり、
その影が柚李の足元まで伸びてくる。
「俺さ」
沈みゆく光の中で、春斗は続けた。
「ずっと言えなかったんだ。
柚李が誰かを見てるの、気づいてたから」
柚李の胸が跳ねる。
「でも……その人が柚李を泣かせるくらい大事な人なら、
俺はその人に絶対勝てるくらい、ちゃんと柚李を想す」
静かな声だったのに、
その強さは、蒼士の“優しい拒絶”とは真逆の熱を持っていた。
「だから……柚李。
まだ終わったわけじゃないよ」
柚李の心が揺れる。
蒼士が手放したもの。
春斗が掴もうとするもの。
二つの想いが、柚李の胸の中でぶつかり合う。
どちらの答えも出せないまま、
ただ涙がこぼれた。
春斗はその涙を見つめて、そっと微笑んだ。
「大丈夫。泣いていいから」
その優しさに、柚李はもう声をあげて泣くことしかできなかった。
春斗は最後まで触れず、ただ近くで待っていた。
その距離のまま、
柚李の心の痛みが、少しずつ形になっていくようだった。
春斗はしばらく何も言わなかった。
ただ、彼女の震える肩と、
何かを堪えるような表情を静かに見つめていた。
その沈黙が苦しいのに、
逃げたくないと思わせるような温度をしていた。
「……柚李」
春斗がやっと口を開いた。
優しい声だった。
けれどその奥に、固い決意のようなものがあった。
「ほんとは今日、言うつもりじゃなかったんだ」
柚李は顔を上げる。
「でも……柚李の顔見てたら、もう我慢できなかった」
春斗は視線を落とし、少しだけ笑った。
その笑みは、どこか自分を追い込むように見えた。
「俺さ、覚悟決めたんだ」
「かくご……?」
「うん。
柚李が誰を好きで、誰のことで泣いて、
誰に心が向いてても——」
春斗は拳をぎゅっと握る。
「それでも俺は、柚李の隣にいたい」
息が止まるほど真っ直ぐな言葉。
その一言に、
柚李の胸の痛みが一気に溢れそうになる。
「……春斗……無理だよ。私、今……」
「わかってるよ」
遮る声は優しいのに強かった。
「今すぐ答えなんて求めない。
柚李が泣き止むまででも、答えを出せないままでも……
俺は待てる」
春斗は息を吸い、
迷いのない目で柚李を見た。
「俺は、柚李を好きでいる覚悟をした」
その言葉は重くて、暖かくて、
柚李には受け止めきれないほどの誠実さを持っていた。
***
「……なんで……そんなの……」
喉が震える。
涙がまたこぼれそうになる。
「だって……私……誰も……傷つけたくないのに……
春斗まで……こんな……」
「え?」
「私……春斗の気持ちにちゃんと向き合えないまま、
それでも優しくされて……」
柚李の声は涙で途切れた。
「……つらいよ……ほんとに……」
春斗は驚いたように目を見開き、
そして、そっと一歩近づいた。
距離はあと少し。
でも触れない。
「……柚李は、優しすぎるよ」
春斗の声が、少し震えていた。
「そんなふうに自分のこと責めんなよ。
俺が勝手に好きになって、勝手に待つって決めただけなのに」
柚李は首をふる。
「でも……」
「でもじゃない」
春斗はそっと柚李の手を取った。
温かい。
その温度が蒼士の残した温度に重なって、
柚李は苦しくてたまらなくなる。
「俺は……君を泣かせたいんじゃないよ」
春斗は静かに言う。
「でも、泣いてるときにそばにいたい。
支えられるなら支えたい。
それが“好き”ってことだと思ってる」
そのあまりにも真っ直ぐな気持ちが、
胸を締めつける。
「だから……柚李は無理しなくていい。
俺の気持ちを重く感じる必要もない。
逃げたくなれば逃げてもいい」
そして、少し苦しそうに笑った。
「でも、俺は追うよ。
柚李が逃げたって、きっと見つけに行く」
その言葉は、宣言のようだった。
***
音楽室の窓から、夕日が差し込む。
春斗の横顔が赤く染まり、
その影が柚李の足元まで伸びてくる。
「俺さ」
沈みゆく光の中で、春斗は続けた。
「ずっと言えなかったんだ。
柚李が誰かを見てるの、気づいてたから」
柚李の胸が跳ねる。
「でも……その人が柚李を泣かせるくらい大事な人なら、
俺はその人に絶対勝てるくらい、ちゃんと柚李を想す」
静かな声だったのに、
その強さは、蒼士の“優しい拒絶”とは真逆の熱を持っていた。
「だから……柚李。
まだ終わったわけじゃないよ」
柚李の心が揺れる。
蒼士が手放したもの。
春斗が掴もうとするもの。
二つの想いが、柚李の胸の中でぶつかり合う。
どちらの答えも出せないまま、
ただ涙がこぼれた。
春斗はその涙を見つめて、そっと微笑んだ。
「大丈夫。泣いていいから」
その優しさに、柚李はもう声をあげて泣くことしかできなかった。
春斗は最後まで触れず、ただ近くで待っていた。
その距離のまま、
柚李の心の痛みが、少しずつ形になっていくようだった。