彰人さんが彼女にだけ優しい理由
 15人ほどの野次馬から離れた場所にチラホラと噂を聞きつけて引き寄せられた別の野次馬、10人ほど。
 端に立って見つめていた私になんて気づくはずもないのに。彰人の脚は、私の前でついと止まっていた。
 黒髪のミディアムヘアの私の頭に、トンと少し重さの感じる彼の手が乗せられていた。

「…昼、食べたか?」

 私は瞬いて背の高い、彼を見上げる。彼はとても優しげな視線をこちらに向けていた。目を細め、口角を上げている彼、彰人。その綺麗な顔立ちに見せるこの手の表情、それはもう国宝級だと時々思う。
 私は激しく瞬き、視線を彷徨わせる。軽く、うんうん、と頷いた。するとトントンと、彼の手は頭の上でリズムを刻む。やがて「無理すんなよ」そう言い残して彼は去って行った。
 彼、天鬼(あまき)彰人(あきと)は、私の姉の元恋人だ。
 『元』と言うのは語弊があるかもしれない。
 姉は5年前、心臓病―――『拡張型(かくちょうがた)心筋症(しんきんしょう)』で亡くなった。
 姉は生前言っていた。
―――もしかしたら私、彰君と結婚するかもね。
 病気が発覚する半年前頃、順調な交際の様子からそう漏らした姉は、それから数カ月後、体調を崩し始めた。やがて病院に搬送された後、それほど日にちも経たない中、息を引き取ったのだ。
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