彰人さんが彼女にだけ優しい理由
 亡くなる間際には、病室のベッドで医師が立ち会う中、親しい彰人に姉は視線を向けていた。
 取り乱すこともなく、ただ嗚咽を漏らし頬に涙を流す天鬼さんのそんな姿をその時初めて見た。姉は言った。酸素マスク越しに、姉は寂しそうに笑っていた。

―――彰君……奈月を…お願い…ね…。

 左手を彼に差し出した姉。私と母が見守る中、天鬼さんは、うんうんと何度も頷いて姉の手を固く握っていた。
 きっとそのせいだろう。

 就職先の定まらない私を、彼はコネを使ったり履歴書の書き方のアドバイスをしたりして、就職合格まで導いてくれた。あれから4年が経った。
 彼は、私にだけ優しい。



 私、奈月が勤務するのは、日用品メーカーの『FRIEND-E(フレンディー)』本社の広報部だ。
 今年で26歳になり、広報部での仕事にも慣れた。親しい友人関係も上手くいってるし、職場での同僚との人間関係も円滑だ。どれもそこそこ上手く行っていて、順調である。ただひとつ―――『恋愛』を除けば。

 「ねぇ、ねぇってば!奈月聞いてる?」

隣のデスクで先程からやかましく耳障りな声を出す同僚で友人の詩織の声にも、私は無視を決め込んでいた。
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