彰人さんが彼女にだけ優しい理由
「私、普段はめちゃ自炊しますよ?」

 詩織はそう言った。ダークブラウン色のセミロングの長いを、耳にかける彼女。その仕草は、女子ならすぐに感づく『狙ってます』の仕草である。
 私の正面席に座っていた藻崎(もざき)と言う27歳の男性は、人当たりのいい男性だった。
 話してみると取っつきやすい印象で、ルックスもかなり整っている。何故『彼女』を求めてこんな合コンに参加しているのか、少しだけ疑問が出るほどである。しかしそれにしても彼、藻崎氏は、やたらと私に質問をブチ込んで来る人だ。これがモテない原因か、と思えてくるほどである。まるで夢中で地面に穴を掘る、犬のようである。

『好きな男のタイプは?』
『自炊するの?』
『映画とかは見る?』
『ペット飼ってる?』
『好きな食べ物って何?』

 あまりに応える先から次々と過剰に質問をして来るので、「ちょっとお手洗いに…」と言って誤魔化した。席から、立ち上がると、詩織の腕を引っ張る。

「奈月、良い感じじゃん?どうなの?藻崎さん」

 やがて手を引かれて化粧室に入った詩織は、私にお褒めの言葉をかけていた。彼女は唇に、オレンジ系のうるうると艷やかな口紅を差している。私は弱音を吐いく。

「…はぁ。何か疲れたな…」

 詩織はミラーから離れると、顔をしかめて私の背中をバシッと叩いた。

「なに愚痴ってんの?始まったばっかじゃん」

 横から背中をばんばんと叩かれ、私はつんのめる。目の前のミラーには、少し元気のない私の顔がある。引っ張るようにして詩織が「さ、行くよ!」と私の左手首を引っ張った。
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