彰人さんが彼女にだけ優しい理由
 それからしばらく私、奈月は藻崎氏と。詩織は目の前の彼と雑談交じりに酒を飲んだ。
 結局、連絡先を交換した詩織が彼との会話から解放されたのは、それから約2時間後だった。

 終わるであろう午後10時過ぎに店内会計傍で待ち合わせた私達。しかし、肝心の私、奈月の姿はそこにはなかった。モダンでどこか薄暗い照明が照らす店内を、詩織はフラフラしながら、歩き回っていた。私の姿を探しているのである。

 会計スペースで姿が見えないことから、テーブル席まで戻るも、そこに私の姿はない。
 ようやく、あれ~、と無駄にのんびりとした声を出していた。
 “各自解散”したのかと思えてしまうほど、奈月だけではなく他の2人の姿も見えない。

「どぅこ行ったんよ〜?」

 とろんと視点の定まらない詩織は、すぐ脇を偶然通りかかった店員を呼び止める。歩いているところをガシッと腕を掴まれた店員は、ビクリと体を揺らして立ち止まった。見るからに泥酔した口調で「二人を知らないか」と尋ねる詩織に、彼は激しく瞬きながらも冷静に彼は対応する。

「帰ったぁ?」

 はい、と30代のその男性店員は答えていた。右手にはシルバーのトレンチを乗せ、目を丸くしている。

「30分ほど前かと。『連れの女性が眠ってしまったので、自分の自宅に連れ帰るから、タクシーを呼んでくれないか』と仰ってましたが」
「つれかえる…」
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