双子の弟と入れ替わって護衛騎士になった私が、なぜか王太子殿下の初恋を奪ってしまった!

第14話 私のできること

(うそでしょ……)
 
 ヴィルヘルム王太子殿下が現王の本当の子供ではない。
 父から聞いた衝撃的な事実に私は動揺していた。

 でも言われてみれば、王太子殿下の髪の色と瞳の色は、国王陛下にも似ていないし、王妃様のそれとも違う。
 国王陛下はフロリアン王女と同じ薄紅色だし、王妃様に至っては神秘的な烏珠色(ぬばたまいろ)だ。
 
(……あれ?でもそれって)
 
 ふと、私の頭の中に一つ疑問が生まれた。
 
「国王陛下のご子息じゃないなら、どうして王太子になれたの……?」

 ふむ、と父はひとつ小さな息を吐く。
「正確には、王太子殿下は今の国王陛下の兄であられた前国王のご子息、だな。つまりは現陛下とは叔父と甥の関係になる」

 私は数年前に習った、アデスグラント史を懸命に思い出していた。
 
 前の国王陛下は、若い頃に崩御なさった不運の国王だ。
 即位されていた期間は短いけれど、民の暮らし向きに寄り添うような賢王で、崩御された時の民達の悲しみはとても深かった。
 ……と歴史書には書いてあった気がする。

「前国王陛下と王妃様は、外遊中に立ち寄った国で熱病に罹ってお亡くなりになったのよね……?でも子供がいたなんて本には書かれてなかった……」
「お世継ぎの話に波風が立たないように、国王ご夫妻のご意向で公にはしていないんだ。とはいっても、王太子殿下がお生まれになった時は盛大にお祝いをした筈だから、貴族の大人なら殆どが知っていることだけど、ね」
「アルフレート……」
 
 思いがけない王家の秘密に、私はいつのまにか手をぎゅうっと握りしめていたようだ。
 それに気づいたアルフレートは、
「さっきは一般常識って言っちゃってごめん」
と私の手を両手で包み込んでから、優しく開く。
 緊張で冷たくなっていた私の手とは反対に、アルの手はほっとするくらい温かった。
 
「僕たちが生まれる前の話だよ。まだ赤ちゃんだった王太子殿下を、当時大公だった国王陛下が養子に迎えた後、兄である前国王の跡を継いだんだ」
 
 スラスラと流れるようにアデスグラント史を解説するアルを、父は目を二度ほどパチパチさせたあと食い入るように見つめた。
「詳しいな……」
 父の呆然とした顔など全く意にも介さないように、アルフレートは続ける。

「今の陛下と前国王陛下はとても仲が良いご兄弟だったらしいから。陛下は、国王というお立場をお兄上さまへとお返しするためにヴィルヘルム様を王太子にされた、……ということでしたよね?父上」
 
 確認するように、アルは父を振り返った。
 突然アルに聞かれた父は、コクコクと何度も頷くしかない。そして母に、
「アルフレートは本当に十五歳なのか?」
と尋ねては冷たい視線をもらっていた。

「でもね、貴族の中には、それを良しとしない一派もいるんだ」
 とアルフレートは、私の方に向き直ると眉根をキュッと顰めてみせた。
 
「……どうして?」
「現国王陛下の直系を推したい層だね。実際、実子であられるフロリアン王女様がとてもご聡明な上に精霊のご加護まで受けているから、フロリアン様こそ国王陛下の跡を継いで王太女様に、って声も少なからずある」
 
 そこまでひと息に話したあと、アルは少し躊躇いながら続けた。 
「……まあ、実際お話ししてみてもフロリアン様の洞察力は、ちょっと怖いくらいだったけど」

 私は昼間のフロリアン様を思い出していた。
 アルフレートと私を見比べたフロリアン様が放ったひと言だ。

『私がもし双子だったら入れ替わって楽しみたいけど、あなた達はそんなことはしないのかしら?』

 あの言葉には、正直私も背筋がゾクっとなった。
 ……でも、それとこれとは話が別だ。
 
「王太子っていうお立場は、既に確立されているのよ?」

 その通りなんだけど、とアルフレートは深く息を吐いた。
 
「例えば今もしフロリアン様へと王太女の権利が移ったら、最初から王女様を推してた貴族たちは強い権力を持つことになるだろ?」
「……なによ、自分たちのことばかりじゃない……!」

 無性に腹が立って仕方がなかった。
 誰もいなかったら、お行儀の悪い八つ当たりをしてたかもしれない。
 
 結局は、王太子でも王太女でもないんだ。
 一部の貴族は王の意思など気にも留めず、自分の出世のためにご世継ぎを利用しようとしてる。
 
「そう、理由なんてなんでもいい。それに彼らにとって都合のいいことに、幾ら国王陛下のお心が決まっていてもヴィルヘルム様には《現国王の直系》という、絶対的な後ろ盾がない。だからこそ足元を固めなきゃいけないのに、今の王太子殿下においては、今日みたいな成果を出しても……」

(お忍びですぐに消えちゃうために、反対派からはますます反発が強くなるってわけね)

「そんなのって……」
 ひどい、という言葉をすんでのところで噛み殺す。
 そんな簡単な同情は、王太子殿下に失礼だと思ったから。

 私は昼間見た、王太子殿下のホリゾンブルーの瞳を思い出していた。
 彼の瞳に宿った、朝の柔らかい空の色を。

 (あの美しい瞳の色は、夜から朝に変わる孤独な空の色でもあったんだ)

 なぜか鼻の奥がツンとした。
 
 私には父もいれば母もいるし双子の弟だっている。
 それからエマやジェイたちを始め、うちで働いてくれている侍従たちも。
 みんなが私やアルを尊重してくれて、成長を見守ってくれている。
 
 そんな恵まれた立場の私が、一体王太子殿下の何を理解できるというのだろう。

(……だったら、)
 
「お父さま、私にできることはあるかしら?」
 
(できないことにヘコむより、私ができることを探したほうがいい)

「……シャルロッテ。お前は今、どんな役割を担っているんだい?」
「王太子殿下の護衛騎士よ」
「ならば、その役目をしっかり果たしたらいいのではないか?」

 私ははっとして、父の顔を見た。
 私と同じ翠玉色の瞳が私を映し出す。
 穏やかな父の瞳に映る私は、大人というには幼い姿をしていた。
 デビュタントも迎えていないただの子供だ。
 
 まだ子供の私ができることは、きっとそう多くはない。
 でも幸いにも、護衛騎士という明確な役割が私にはある。
 
 私は深く息を吐く。
 
 ……そうだ。お父さまの言う通りだ。
 私は、私の役割を果たそう。
 どんな時も王太子殿下を守ろう。

「ありがと!お父さま!」

 私は床をトンっと蹴とばし、父にギュッと抱きついた。父は少し驚いたようだったが、すぐに優しく抱きしめ返してくれる。
 頭を二つほどポンポンと撫でられた後、父の暖かく優しい声が降ってきた。

「だが、忘れないで欲しい、シャルロッテ。王太子殿下も大切だが、まずは自分を大切にな」
「はい!任せてください!」

 やることが決まったら、じっとなんてしてられない。
 私はピョンと父の懐から飛び出すと、ドアの方に足を向けた。
 (まずはエマに頼んで、ジェイと連絡を取らなきゃ!聞きたいことがたくさんあるわ)

「皆さま、お先に失礼致します!」
「あ、あ、いや、シャルロッテよ。本当にわかって……?」
「ええ、頑張ります!お父さま、本当にありがとう!」
「あの、だな……」

 私は父の声を背中にドアを閉めると、自室に向かって駆け出した。
 その後、書斎の中で繰り広げられた出来事を私はまだ知らない。
 
「あなた……シャルロッテを煽ってどうするのですか」
「王城では慎重にが一番大切だと、何故言ってくれないのですか、父上」
 
 そこには冷たい目をした母と、呆れた視線のアルフレートに責められて、タジタジになった父がいたことを。
 
 でもそれは、翌日以降アルから聞いた話だ。
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